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【ヅカナビ】宙組『神々の土地』から学ぶ

タカラヅカ流ロシア史

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 最近のタカラヅカで注目の演出家といえば、何といっても上田久美子氏だろう。『月雲の皇子』『星逢一夜』など、骨太でドラマチックな作風が私も大好きである。そんなわけで宙組公演『神々の土地』も大いに期待して観に行ったのだが、正直、淡々と進む物語に最初は肩透かしを食らった感があった。

 だが、一夜明けたあたりから、印象的なシーンがしみじみ思い出されてきた。華やかで物憂い舞踏会、ゴージャスすぎる任官式(ザッツ・タカラヅカである)、酒場で歌い踊る人々のどす黒いエネルギー、そして、雪原での美しいダンス(二人とも寒くないのか?と心でツッコミを入れるが、これまたザッツ・タカラヅカである!)。時間が経つごとに「じわじわ効いてくる」まるで漢方薬のような不思議な作品だった。

 「それぞれの信念に従って」生き抜くドミトリー(朝夏まなと)とイリナ(伶美うらら)の絆は気高くも切ない。こうした自立した男女の関係がトップコンビ制に縛られない今だからこそ描けたのであれば、それもまた良かったのではないか思う。

 キモい怪僧のイメージが強いラスプーチンを二枚目スターの愛月ひかるがどう演じるのかも関心の的だった。たが、この作品におけるラスプーチンは、彼なりの信念を持って生きており、決してキモいだけではなかった。農民たちの声なき声を背負い、自身の死をもって革命にいざなっているかのようにさえ見えた。

 しかもこの作品、タカラヅカファンには馴染みの薄いロシア革命の時代をわかりやすく描いている。印象的な場面が、そのままロシア史の特徴をくっきり映し出している。今回はそんな場面にスポットを当てつつ、タカラヅカのロシアものにも触れながら、「タカラヅカ流ロシア史」を学んでみるとしよう。

「家庭本位」の皇帝一家が招いた悲劇とは?

 この作品で主に描かれるのは1915年から16年のできごとである。1916年12月にラスプーチン暗殺。史実ではその後1917年3月、ニコライ二世は退位させられ、ロマノフ王朝は終わりを告げる(二月革命)。

 ロシア最後の皇帝となったニコライ二世を演じる松風輝、「家庭本位の良き夫」を演じさせたらこの人の右に出るものはいないのではないかと思う。そして、皇后アレクサンドラの頑なさは見ているこちらが辛くなるほどで、さすが芝居巧者の凛城きらである。皇太后マリア(寿つかさ)とのバトルも、本来男役の二人ならではの静かな迫力だ。

 ニコライ二世と、『エリザベート』でお馴染み、ハプスブルク帝国のフランツ・ヨーゼフは、共に「最後の皇帝」である。時代遅れの帝位という貧乏クジを引いてしまったという点では同じ立場だ。だが、最後の皇帝として辿った末路は対照的だった。

 フランツはその生涯を通じて己の役割に忠実であり続けた。おそらく死の直前まで「毎朝5時きっかりに起きて」勤勉実直に政務をこなしていたことだろう。結果、帝国は崩壊してもなお国民からの信望は厚く、オーストリアではいまだに人気の皇帝である。対するニコライ二世はひたすら家庭第一。愛人を何十人も持つのが当たり前だった歴代のロシア皇帝の中では稀有な存在だが、政務からは逃げがちで、長すぎる休暇をしょっちゅう取っていたという。結果、ラスプーチンのような人物が幅をきかせることとなる。

 退位したニコライ二世の一家はのちに皆殺しにされる(1918年7月)。地下室に押し込められて一斉射撃を浴びせかけられたという。あの天真爛漫なオリガにも待っているのは残酷な運命なのだ。ちなみに、娘の一人アナスタシアが実は生きていたという伝説もあり、タカラヅカにもこれを題材にした作品がある(『彷徨のレクイエム』1981年雪組)。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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