メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

「アナキズム」から浮かぶ自家菜園/庭の風景

相互扶助のための、「てんでバラバラな場所」

丹野未雪 編集者、ライター

撮影・筆者拡大撮影・筆者
 家呑みをした。

 場所は福岡県福岡市、ファッションブランド「途中でやめる」を主宰する山下陽光(やました・ひかる)さん宅。東京に住むわたしはLCCに乗って遊びに行った。

 友人とともにスーパーの店内で待ち合わせる。「どうも」。陽光さんの車に荷物を積み込み、10分もかからず到着。車の窓から「オレがいるんじゃねえか?」と言う陽光さんの視線を追うと、同じく坊主頭に眼鏡の男性がいた。森元斎(もり・もとなお)さんだった。政治学者の栗原康さんが「年下だけどアニキ」と慕う哲学者で、森さんはすでに一杯やっていて顔が赤かった。

 「先にはじめちゃってました」と笑う陽光さんの妻・ランさんに東京みやげの羊羹を渡す。

 山下家が絶品と賞賛するレバーペースト、ランさんが準備してくれていた前割り焼酎、友人ご贔屓のコロッケ、スーパーで買った刺身などをテーブルに並べる。おいしいねえ。こうして「おいしかった」と思うものを持ち寄って食べると、「おいしい」がこだまして、うれしい楽しい大好き。

 そんななか、黙々と箸をはこぶ森さんに、住んでいる家のことを訊ねてみた。栗原さんから「すっごく安い家賃の家に住んでいる」と聞いていたからだ。

 森さんの家は福岡市内から車で30分の郊外にあり、「2階建ての一軒家はぼくら4人家族には大き過ぎるくらい」。家賃は「言えないくらい安い」とのことで不明のままだが、畑つきなのだそうだ。

 「畑の広さは、ちょうどこの家(庭つき2LDK平屋といったところ)で言うと……」と腕を伸ばし2軒分、という動作をした。そして森さんは正座した。「芽が出ると、『娘』と思うんです」。手で土を掬い取る身振りをしながら2度言った。「娘」。

 森さんの著書『アナキズム入門』(ちくま新書)にはこうある。

 鶴見俊輔のアナキズムの定義がとてもわかりやすい。「アナキズムは、権力による強制なしに人間がたがいに助けあって生きてゆくことを理想とする思想」だ。この時に重要なのは「たがいに助けあって生きてゆく」こと、つまり「相互扶助」であるのは言うまでもない。(中略)こうした相互扶助の特徴とは何かといえば、国家が私たちにやらかしてきたことや、近代化が私たちにもたらしたものとは異なる、とても息が長く、そして生きる上で不可欠な位相がある、ということに尽きる。人間の伝統から学ぶ。自然の営為に学ぶ。保守反動などではない。

人間の伝統。どうやって掴んだらいい?

 今年(2017年)10月、兵庫県の西宮公同教会で講師をつとめた森さんのもとを、歌手の加藤登紀子さんが訪れた。彼女はブログに、「なぜ今若い人がここに向かうのか?(中略)でも、私たちの世代には大事なビッグネイム、プルードン、バクーニン、クロポトキン…こうした鉄人たちのことを紹介しているこの本の出版は本当に嬉しい」と綴ったが、そうしたビッグネイムはいまどれくらい知られているのだろうか。

 アナキズムと聞いて、「アナキストになりたい」と歌ったセックス・ピストルズをまず連想するのが最もポピュラーなのではないか。 ・・・ログインして読む
(残り:約2179文字/本文:約3470文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

丹野未雪

丹野未雪(たんの・みゆき) 編集者、ライター

1975年、宮城県生まれ。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。著書に『あたらしい無職』(タバブックス)、編集した主な書籍に、小林カツ代著『小林カツ代の日常茶飯 食の思想』(河出書房新社)、高橋純子著『仕方ない帝国』(河出書房新社)など。趣味は音楽家のツアーについていくこと。