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『君たちはどう生きるか』で考えた波平さんと私

漫画化までの80年で消えてしまった「自覚」と「慎み」と「成熟」と

矢部万紀子 コラムニスト

君たちはどう生きるか 岩波文庫、漫画、単行本拡大大ブームとなった『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)。左から、岩波文庫、漫画、新装版

磯野波平さん54歳、私56歳

 この夏まで、シニア女性誌の編集長をしていたので、「実年齢と見かけ年齢」みたいなことは、よく考えた。

 「現代人の見かけ年齢=実年齢マイナス10(or15)」で、「今の60歳は、ひと昔前の50歳(のような見かけ)」「いえいえ、45歳(同)」などとよく言われるし、実感ベースに近いと思っていた。

 これを逆の方向から言うと、昔の人は今より老けていたよね、となって、よく登場するのが「サザエさん」の磯野波平さんだ。54歳だそうで、「えー、どう見ても60代でしょ」「70歳くらいかと思ってた」というのが、ありがちな会話である。

 この夏、サラリーマン人生に終止符を打ったのをきっかけに、白髪染めをやめた。40歳を過ぎた頃から美容院に行くたびに染めていたが、やめた。

 女性誌の世界では「グレイヘア」が大流行中で、白髪ゴーゴーな記事をよく見かけるので時流に乗ったわけだが、白髪が実のところどれほどあるのかを知ってみたい気持ちが強かった。

 やめて4か月ほど過ぎた。正直なところ、想定よりだいぶ白髪が多かった。うわー、けっこうあるなーと鏡を見つつ、波平さんを思った。

 波平さん、髪の毛が少なくなる方向の54歳。私、白くなる方向の56歳。波平さんが今の時代に生きていたら、家で和服は着ないだろうし、髪の毛もイケてる坊主頭かなんかにしてるだろう。私が「サザエさん」が始まった頃に生きていたら、もうだいぶ前から白髪が目立ち、「女子ですけど、何か?」とは言いにくい感じになっていただろう。つまり、波平さんと私、見かけはどっちもどっち。

 となると、波平さんと私の差は何で、どこから来るのだろう。そう考え、行き着いたのが、「今を生きている人って、波平さんほど成熟していないのでは」だった。

ドラマチックな出だし、「共感の入り口」

 と、やっと本題だ。『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス刊)。これを読んで、己の白髪を眺め、「磯野波平さんという大人」について考えた。他の方々は、どんなことを考えたのだろう。80万部、売れているそうだ。

 村上春樹とは言わないが、そんな感じの数字を、1937年発行の吉野源三郎さんで叩き出す。同社は新装版も出しており、こちらは21万部。合わせて101万部。すごいことだ。

 原作のエピソードを大胆にカットしてシンプルにしたことで読みやすくなっただけでなく、冒頭を

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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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