映画という文化に貢献するための「哲学」はあるのか
2017年12月04日
2014年からは予算も大幅に増え、国からのサポートも比較的手厚く、日本の映画業界からも重要なイベントだと認知されている。だがその舵取りは、必ずしもうまくいっていないのでは? だとしたら問題はどこにあるのか。
今回は映画監督として20年以上にわたり世界の映画祭への出品を続け、現在、現役の日本人監督としては世界的に最も評価が高いひとり、是枝裕和監督に、東京国際映画祭について意見を伺った。
古賀太「30回を迎えた東京国際映画祭、どこがダメなのか――外向けの顔と国内向けの顔の日本的な二重構造」(WEBRONZA)
是枝 今年は僕は自分の作品上映にしか顔を出していないので、東京国際映画祭に参加した実感としては語れないという前提でお話しさせていただきますが、僕は去年(2016年)までチェアマンをやっていた椎名保さん(元ディレクター・ジェネラル)にも、そして今年から就任した久松猛朗さん(フェスティバル・ディレクター)にも直接お会いして、提言書を渡しています。東京国際映画祭のここが間違っている、ここを伸ばすべきだと。
――内輪の文書のようですが、伝えられる部分だけでも、ぜひ。
是枝 僕は「トロントを目指すべき」だとずっと言ってるんです。「東京」は限られた予算の中でスタッフは頑張っていると思いますが、ベネチア、トロント、釜山と有力な映画祭が続く後だけに、コンペティションのための作品は集まりにくい。矢田部吉彦さん(プログラミングディレクター)は頑張っていて、毎年充実して来てるとは思いますけど……。そこに体力を使うよりは作品の多様性を重視して、都市型のトロントの方向を目指すべきだと個人的には思います。映画祭全体としては、やはり経産省や官邸の思惑に引っ張られ、「日本推し」をする場所だと勘違いをしている気がするのがちょっと……。
――例えば、歌舞伎を見せたりということでしょうか。
是枝 歌舞伎を見せるのはいいけれど、まずは映画祭が映画という文化に、どう貢献できるのかという「哲学」を持つことが一番大切です。映画祭は
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