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[書評]2017年 わがベスト3 (5)

『敗者の想像力』『トラクターの世界史』『かつて10・8羽田闘争があった』……

神保町の匠

今野哲男(編集者・ライター)
●加藤典洋『敗者の想像力』(集英社新書)
 白井聡『永続敗戦論――戦後日本の核心』(現・講談社+α文庫)などの引き金になった『敗戦後論』(現・ちくま学芸文庫)以降の、日本の戦後に関する著者の考察を、『戦後入門』(ちくま新書)とともに、世紀越しに引き継ぐ一冊。
[書評]息の根を絶たれた「終わらない戦後」から、「新しい戦後」へ

●轟孝夫『ハイデガー 『存在と時間』入門』(講談社現代新書)
 ハイデガーの「存在の問い」を、著者自らの解釈にあてはめて『存在と時間』を読み直し、その内実を一般向けにわかりやすく書こうと試みた瑞々しい冒険の書。未刊の「第一部第三篇」と「第二部」の推測がスリリング。

●國分功一郎『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)
能動か受動か。近代的な二分法に潜む思わぬ陥穽を、中動態という耳慣れぬ言葉に着目して分析・批判する、「哲学の本」ではなく「哲学した」本。意外で身近な驚きが連続する。
[書評]何層もの驚きの先の、ささやかな解放

 今年をワン・ワードで言えば、昨年7月に起こった忌まわしい事件にかき回された、個人的にも「不安」な一年だったということになる。そう記憶に留めておくために、番外として次の3冊をあげておきたい。その他、世に渦巻く幾多の凶事を乗り越えて、来年以降がどうかいい年になりますように!
●立岩真也、杉田俊介『相模原障害者殺傷事件――優性思想とヘイトクライム』(青土社)
 事件を引き起こした誘因を、倫理に鋭敏な社会学者と、障害者のヘルパーとして働いてきた『ジョジョ論』(作品社)の批評家が、己の迷いを隠さずに語り合った、事件を真摯に記録しようとする書。
[書評]「平等の凄み」に至るコミック(『ジョジョ論』)

●雨宮処凛『不透明な未来についての30章』(創出版)
 現代社会に生きる果敢で得難いカナリアと言うべき著者が、見、感じ、選び、綴ってきた「今の日本」が忘れてはならない30の事件簿と未来予測(2014年7月~2017年5月の月刊『創』の連載エッセイで構成)。

●劇団態変編著『劇団態変の世界――身障者の「からだ」だからこそ』(論創社)
 身障者劇団「態変」が、相模原事件のほとんど名が明かされることのなかった19人の犠牲者に捧げた祈りの本。反・優生思想の参考となる劇団主宰の金満里と10名のゲスト陣との対談が貴重。
[書評]優生思想を殲滅・無化する「からだ」の表現を追う

渡部朝香(出版社社員)
 今秋から書評をお引き受けするにあたり、仕事で関わりのある方の本はなるべく避けようと思い定めていたのですが、やはりこの本を紹介せずにはいられません。

●ブレイディみかこ『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)
 英国の底辺託児所で保育士として働いた経験から、小さな声を掬い、さまざまな困難のある日々の暮らしを描き、政治経済の確かな見識に基づき緊縮政策への疑問を呈す――と書きつつも、本書の魅力はこの梗概からあふれていて。新潮ドキュメント賞も受賞した「ノンフィクション」ですが、人物が生き生きと息づき、ユーモアとペーソスと祈りを感じる文章は、アレクシエーヴィチが聞き書きによってノーベル文学賞と評価されたように、まさに「文学」。事実を超え、書き手の感じる心こそが伝わり、読み手に変化をもたらすのは、きっとこの本のような優れた文学こそが持つ力なのだと思います。

●藤原辰史『トラクターの世界史――人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中公新書)
 昨年来話題のユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福』(柴田裕之訳、河出書房新社)には、農業による人類の激変が描かれていますが、本書では、19世紀末に発明されたトラクターが、農業、さらには人類に、新たな大転換をもたらす過程が丹念に描かれていて、近代史の見え方が一新されました。人間と機械/動物/自然。1つの機械の歴史から、こんなにも壮大なテーマが見えてくるなんて!

●三品輝起『すべての雑貨』(夏葉社)
 端正な装丁と文字組み。美しい暮らしを思わせる「雑貨」という語。でも、帯にある「雑貨化する社会」という不穏な言葉が、見事に本書を表しています。雑貨店の主人によるエッセイ集なのに、モノが雑貨として愛でられ、商われることに抗うかのような、静かでいて過激な本。

 今年は、國分功一郎『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)ロクサーヌ・ゲイ『バッド・フェミニスト』(野中モモ訳、亜紀書房)も忘れられません。小説では川上弘美『森へ行きましょう』(日本経済新聞出版社)がハートに命中。複数刊行された書店員さんの本にも、刺激を受けました。

 『子どもたちの階級闘争』の帯には、本文から次の言葉が引かれています。

 「人間対資本の戦争はじりじりと進行し、まるで当然のように人間が負け続けているが、いったいこんなことが、いつまで続くのだろう」

 本を読むときも編むときも、私の中ではこの問いかけが意識的/無意識的に発動しているような気がします。書評でとりあげた2冊や、いま読みかけのナオミ・クライン『これがすべてを変える――資本主義vs.気候変動』(幾島幸子、荒井雅子訳、岩波書店)も。この発動は、まだまだ続きそうです。

藤原辰史『トラクターの世界史――人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中公新書)藤原辰史『トラクターの世界史――人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中公新書)

松本裕喜(編集者
●10・8山﨑博昭プロジェクト編『かつて10・8羽田闘争があった――山﨑博昭追悼50周年記念[寄稿編]』(発行:合同フォレスト/発売:合同出版)
 1967年10月8日、佐藤首相のベトナム訪問阻止をめざす三派全学連などと羽田空港を警備する警視庁機動隊が衝突、中核派系デモ集団の京大1年生山﨑博昭が死亡した(第1次羽田闘争)。この本は山﨑博昭の死から50年を記念して、大阪の大手前高校、京大の同期生、闘争に参加した学生ほか61名が寄稿した文集である。

 驚いたことに死後50年たっても、山﨑の死因は明らかになっていない。当初の死体検案書では「頭がい底骨折、脳挫滅が死因」とされたが、その後警察は「死因は胸がつぶれ、胸腹部の内臓が損傷したことによる」と発表、学生たちが運転した給水車による「轢殺」と断定した。本書の「50年目の真相究明」の1章は、検死や解剖記録のほか、「カーキ色の服を着た学生が欄干に引っかかりボクシングのロープダウンのような状態で機動隊員の警棒で滅多打ちにされていた」などの目撃証言にもとづき当時の状況を図入りで再現して検証に努めた、圧巻のレポートである。しかし、60年安保の樺美智子の死因も、警官が警棒で腹を突き、首を絞めたためか、「人なだれ」による圧死か、決着はついていない。つまり、警察や裁判所が判断を翻さない限り、検証した事実も埋もれてしまうのが現実なのだ。

 権力を待たない側が、権力側の発表に異議を呈し、事実を記録して後世に残そうとするとき、最大のツールは本である。ネット情報が残るのはせいぜい数年だろう。まだまだ本は手放してはいけないツールなのだ。そのことを再認識させてくれる本だった。

●永田和宏『生命の内と外』(新潮選書)
 1人のヒトの細胞は60兆個あり、その細胞を全部1列に並べると、地球15周分の長さになるという。外部と折り合いをつけながら、閉じつつ開く細胞膜の不思議。生命の最小単位である細胞が、いかに内部と外部を使い分けながら生命を営んでいるか。ヒトの生命の精緻な仕組みについて、この1冊に盛り込まれた情報量はすごい。
[書評]広大な宇宙にも匹敵する人体

●スティーブン・レ『食と健康の一億年史』(大沢章子訳、亜紀書房)
 衣食住のうちでも一人の人間が生きていくのに欠かせないのは、食べることであるだろう。「食」も「健康」もブームだが、牛乳1つとっても、健康にいいのか悪いのか、見解が分かれるようだ。著者の薦める健康食は、昆虫を食べること(!)と伝統食である。世界を旅して、人々が何を食べてきたのか、それらの食べ物が健康にどう影響するのかをさぐった面白い本だ。
[書評]「何を食べたらいいのか」の深い迷宮

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