『小林秀雄 美しい花』『Black Box』『日本リベラル派の頽落』……
2017年12月29日
2017年 わがベスト3 (1)――『昭和史講義』『漫画 君たちはどう生きるか』『近代文学の認識風景』……
2017年 わがベスト3 (2)――『中動態の世界』『ユニクロ潜入一年』『SHOE DOG』……
2017年 わがベスト3 (3)――『夫・車谷長吉』『子どもたちの階級闘争』『それでも それでも それでも』……
2017年 わがベスト3 (4)――『枕草子のたくらみ』『神田神保町書肆街考』『月の満ち欠け』……
2017年 わがベスト3 (5)――『敗者の想像力』『トラクターの世界史』『かつて10・8羽田闘争があった』……
中嶋 廣(編集者)
●高橋順子『夫・車谷長吉』(文藝春秋)
3年前に脳出血を患って以来、リハビリを兼ねて気に入った本は朗読してきた。これは特に心を打ち、続けて4回、朗読した。こんなことは初めてである。そのたびに快感が深くなり、言葉が新たに脳に皺となってくっきり刻まれた。「夫婦は渡世の貫目がおなじでなくてはならない」という車谷長吉の言葉を、高橋順子のこの本に送りたい。
[書評]運命のように巡り会った男と女の純愛の書
●佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店)
事故死した人妻が3度、生まれ変わる。その面白さにページを繰る手ももどかしく、しかし何が何やらわからぬままに、呆然と1度目を読み終え、すぐに2度目に取りかかった。今度はあまりの緻密さゆえに、別のより深い面白さに圧倒された。
●若松英輔『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)
おおかた50年、小林秀雄の全集と、その周辺を読んできたつもりだった。でも私の読みは、小林秀雄の決定的な一面に届いていなかった。たとえば小林が大事にした「思想」という言葉に、「宗教」を重ねてみれば、全く違う光景が見えてくる。そんなふうに全22章のすべてに新しい発見があるというのは、信じられないことだ。
ベスト3に並ぶ本として、
●大鹿靖明『東芝の悲劇』(幻冬舎)
これは現代日本人の必読書である。赤字国債を先送りして、どんづまりになればどうなるか。日銀が異次元の金融緩和をいつまでもやっていればどうなるか。あるいは性懲りもなく原発を再開させればどうなるか。すべては縮図としての東芝の悲劇に明らかである。
[書評]日本の負の縮図
●福田逸『父・福田恆存』(文藝春秋)
福田恆存の書くことに賛成であれ反対であれ、これは名著。ここには日本人に珍しい、一対一の自立した親子がいる。わが子を一人前として扱う福田恆存の、人との付きあい方に何よりも感動した。
●久米宏『久米宏です。――ニュースステーションはザ・ベストテンだった』(世界文化社)
久米宏はどうしたらテレビで自己表現できるかを考え、それを実行した稀有な人である。ニュースの最前線にいながら、戦後民主主義者としてブレないところも大したものだ。ニュースステーションに対する自己批評の成果は、その具体的な実行と相まって本当に素晴らしい。
堀 由紀子(編集者・KADOKAWA)
●明石順平『アベノミクスによろしく』(集英社・インターナショナル新書)
「神保町の匠」でも書きましたが、経済が苦手な私にもわかりやすく、今の状況を読み解いてくれました。自分の世界を広げてくれた一冊です。
[書評]アベノミクスが実感できない理由がわかった
●伊藤詩織『Black Box』(文藝春秋)
話題性はもとより、さまざまな示唆を与えてくれる一冊でした。
この本を巡って、性被害の有無、男性の言い分は……などと話していると、同僚が『スポットライト 世紀のスクープ』という映画の、最も大切だというセリフを教えてくれました。「システムに焦点を当てなければならない。個々の神父についてではない」(神父が児童虐待の疑いを持たれるというストーリーです)。この視点で今回の問題を考えれば、被害の有無に第三者があれこれ言うのではなく、社会や組織のしくみに光を当てるべき、というわけです。警察の取り調べは適切だったのか、性暴力被害者の支援や法体系は十分な形をとれているのか――著者の伊藤さんが後半、訴えていたのはまさにこのことでした。
●近藤龍一『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』(ベレ出版)
現実逃避したいときにはミステリーや自然科学の本を読みます。今年、一番印象に残ったのが本書です。どこかの大学の先生のようなかっちりした書きぶり、でもどこかユーモラスで血が通っています。それに加えて内容にストーリー性があるのに感動しました(すべて理解できたかは別の話)。こちらの本、原稿が持ち込まれたときは手書きだったそう。編集はベレ出版の坂東さん。12歳の少年の手書き原稿の潜在力を見抜く、編集者としてもリスペクトできる本でした。
このほか、横田増生さんの『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)は、潜入のために離婚し再婚して名字を変え、職場のリアルを書き続けた著者の心意気が圧巻でした。池井戸潤さんの『アキラとあきら』(徳間文庫)は2006~09年の連載が初の書籍化。こんなにおもしろい本が眠っていたのか!とうれしくなりました。中島岳志さんの『親鸞と日本主義』(新潮選書)では、宗教と国家がいかに結びつくかを親鸞の思想を通して知ることができました。矢部宏治さんの『知ってはいけない――隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)も世界の見方を変えた衝撃の内容でした。
[書評]「弥陀の本願」と「天皇の大御心」の間(『親鸞と日本主義』)
[書評]森友・加計への怒りも冷めた(『知ってはいけない』)
今年は人生でもっとも社会や政治に関心を持った一年だったように思います。それもあり、だいぶ偏ったセレクトになりました。来年もまた素敵な本に出会えますように!
大槻慎二(編集者・田畑書店社主)
●徐京植『日本リベラル派の頽落――徐京植評論集Ⅲ』(高文研)
この年末に来て、おそるべき本に出会い、畏敬の念をもって読んだ。「日本リベラル派」とは、著者によると以下のようである。
「確信犯的国家主義者ではなく、日本国憲法に規定された民主主義的諸価値(いわゆる戦後民主主義)と憲法九条に象徴される平和主義を擁護する立場であるが、天皇制や日米安保条約については容認論または擁護論である。また、アジア諸民族との対話を通じた平和的関係構築を目指してはいるものの植民地支配責任問題に関する認識は欠如しているか、不足している」
そして後段では、さらに鋭く抉る。“民主主義を《消費》したものの、決して《生産》することはなかった人々”だと。
極度に右傾化していく現在にあってリベラル派同士が潰し合うことだけは避けるべきだが、批判なくして成長はないというのもまた事実。
「(前略)私はいまでも『日本リベラル派』を自分にとって敵対的な勢力とは見なしていない。彼らの奮起なしにはこの反動の時代から脱することはできず、東アジアの近未来を次なる戦争の危機から救い出すことはできないことを理解している。それ故にこそ、このような『批判的連帯』を試み、覚醒を促しているのである」。この一文に希望をつなぎたい。
● 伊藤詩織『Black Box』(文藝春秋)
前掲書を読んだあとで本書を再読すると、現在の日本で現実に繰り広げられている凄惨な光景がありありと想起される。本書について述べる前に、前掲書に収められている『完全版 1★9★3★7 イクミナ』(角川文庫)の解説における辺見庸論を紹介したい。
辺見庸が「細部主義」と称し、徐京植は「肉薄主義」と呼ぶ描写法について。それはたとえば、死刑囚が処刑される瞬間を描写する次のような文章にみられる。
「死刑囚を吊るしたロープの軋む音がするだろう。死刑囚が落下していく瞬間に頸骨がバキッと折れる音がするだろう。舌骨が砕ける音がするだろう。鼻血が垂れ、失禁された尿が流れ、脱糞や射精のあとが漏れ出すだろう……」
この描写法について、徐京植はこう述べる。
「『だれかが処刑された』というだけでは『死刑』の真実について何も伝わらない。その表現に『無慈悲』とか『冷酷』とかの形容詞を付したところで大差はない。そうした表現はただ『概念』をなぞるだけだ。処刑場という密室の中で展開されることども、人が人を殺すということ、人が整然とした手順で殺されるということ、そのことの細部まで見極めなければならない」
これにならえば、『Black Box』の著者は、〈密室〉のなかで行われた〈レイプ〉という《魂の殺人》について、まさに「肉薄主義」をもって迫っている。
●小川洋子『不時着する流星たち』(KADOKAWA)
前2冊とは趣きを異にするが、「言葉」がこれほどまでにないがしろにされる時代にあって、文学の仕事はますます重要性を帯びてくるように思う。
「言葉」の働きを的確に摑むこと、そして最適な位置に置かれたときに「言葉たち」が発する響きの豊かさへの配慮において、著者は抜きんでている。
本書は短編集であるが、現在の日本文学のある到達点のひとつだと思う。
[書評]近年における日本文学の最高の成果
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