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[書評]『母・娘・祖母が共存するために』

信田さよ子 著

佐藤美奈子 編集者・批評家

男性・父親こそ必読の「母娘問題」  

 母娘問題が諸々のメディアで取り沙汰されるようになってしばらく経つ。完璧すぎて重い母、「愛情」という名の圧力で娘を追い込む母、娘で虚栄心を満たそうとする母、依存症である自分の保護者役を娘に押しつける母、育児放棄する母……。こうした母たちのもとで窒息寸前に陥っている娘たちに、呼吸できる場をつくってきた存在として著者の名を挙げることに異論を差し挟む人はまずいないだろう。

 『母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き』『さよなら、お母さん――墓守娘が決断する時』(ともに春秋社)をはじめとした著作や多様なメディアでの発言、カウンセラー・臨床心理士としての活動を通して、著者はこれまで封じ込められてきた娘たちの声を拾い、それに輪郭を与え、日本社会に支配的な「母を悪く言うなんて子どもの甘えだ」といった考えに対し強い揺さぶりをかけてきた。そんな著者が、「母娘問題に関する総集編」と位置づけたのが本書である。

『母・娘・祖母が共存するために』(信田さよ子 著 朝日新聞出版) 定価:本体1400円+税『母・娘・祖母が共存するために』(信田さよ子 著 朝日新聞出版) 定価:本体1400円+税
 母娘問題があるのはわかるけれど、最終的には個人の問題でしょう?個々の家庭内で解決するよりほかないでしょう?と思う人はけっこう多いのではないだろうか。しかし、それは違うのだ。カウンセラーという仕事以外に、書物を通しこの問題を世に問わなければ、と著者に思わせる最大の動機は、ここにある。

 もちろん本書は、母娘問題の当事者にとって実際役立つ処方箋に溢れてもいる。超高齢社会を迎え、母娘のみならず祖母の存在も射程にいれなければ問題はさらに深まることから、タイトル通り「母・娘・祖母」と3世代が参照できる事例も豊富だ。しかしそれ以上に、本書において特筆されるべきは、母娘問題が孕む社会性・歴史性をあぶり出していることだ。

 どうして著者が、母娘問題の社会性・歴史性に目を向けるようになったのかは、明快に語られる。蓄積されたカウンセリング経験を踏まえ、「個別の家族で起きていることがなぜこれほどまでに似通っているのか、どうしてパターン化されているのか」という疑問を持った著者は、家族の問題を「日本社会の変容とともに」「歴史的文脈の中で把握」したいと考えた。

 そこで1999年、東京大学上野千鶴子ゼミで「近代家族論」を聴講したことで、「精神分析理論や臨床心理学の成果、心理療法の技法からは得られないもの」を得る。すなわち、「ふだん当たり前とされる家族のかたちやあり方が、たかだか100年ちょっとの歴史しかないこと」、家族が「実は国家の存立基盤を成して、共犯関係にあり、そこには国家の意志が強固にはたらいていること」などに気づく。さらにこうした視点が導入されることで、「団塊世代が歴史的にどれほど特異だったかを再認識することになった」。

 この団塊世代の「特異」性こそ、娘たちのいまの苦しみを生んでいる大きな要因だ、というのが著者の見立てである。この見立てに至る思考のダイナミズムや行間に滲む著者の切実さは直接本書に触れて確かめていただくしかないが、「娘たちのいまの苦しみ」への個別的・心理学的な寄り添いのみでは届かない、より本質的で深いまなざしが本書の一語一語を生んでいる(もちろん個別的・心理学的な寄り添いによる応急処置の必要性は前提だ)。

 そうして抉り出された地平に立つと、明治以降の日本が目指した近代国家が強いた家族像のしわ寄せを引き受ける存在としての「娘たち」「母たち」が見えてくる。同時に見えてくるのは、母娘のみならず「男性」「父親」たちの姿だ。「近代家族の抱える仕組み」による過重な負担を強いられたのは女性も男性もある意味で変わらないからだ。

 このような認識を共有すれば、それまではたんに後景に退いていただけで、実は父親・男性が母娘問題を大きく左右していることにも気づく。本書が父親(夫)である男性や、息子と母の関係にも言及しているゆえんだ(とくに7、8、15章はこの視点から読んで圧巻)。

 自身、団塊世代に属する著者が身を斬る筆致で、この世代の来し方・有りように触れながら母娘問題を総括しようとする構えを、できることならより多くの男性・父親に読んでほしいという思いが残る。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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