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[8]欅坂46はポップの皮を被った反乱軍だ

みんながいいと思うものがいいという「世の中の迎合」への反逆

梅田悟司 電通コピーライター・コンセプター

連載「『と思います』禁止令」と著者の梅田悟司さん連載「『と思います』禁止令」と著者の梅田悟司さん

紅白歌合戦で見せた鬼気迫るステージ

紅白歌合戦で際立っていた欅坂46のステージ紅白歌合戦で際立っていた欅坂46のステージ

 2018年が始まってしばらく経つ。いまだに正月気分が抜け切らない方もいるだろうが、この1年を走り抜くには多少スロースタートであっても構わないだろう。

 ネットのエンタメ・ニュースを見ると、必ずと言ってもいいほど、欅坂46の話題が上位に位置している。その内容は「紅白歌合戦でのステージにおける過呼吸」に関するものだ。メディアにとっては、正月気分どころが、大みそか気分が抜けないほどのインパクトがあったのだろう。

 該当のニュースをご覧になっていない方のために概略を記載しておこう。

 紅白歌合戦に出場した欅坂46は、激しいダンスと共に楽曲『不協和音』を披露。鬼気迫るパフォーマンスを見せた後、複数のメンバーが過呼吸になってしまいステージ上に倒れ込んでしまった、というものである。

 記事の多くは「過密スケジュールなのではないか」「もっと休ませた方がいい」などの、本人たちへの心配と運営サイドへの批判が入り交じったものだ。

 しかし、私が彼女たちの姿を見て感じたのは、全く別の感情だった。

 楽曲で伝えたいことが、完全に憑依(ひょうい)している。歌い切りたい、伝え切りたいという気持ちが自らの限界を超えさせた――。

 もちろん、紅白歌合戦という大舞台であるため、気負いがあったのは確かだろう。しかし、それだけでは説明し切れない「何か」があったように感じられたのだ。

 では、その「何か」の正体とは何なのだろうか。

 それこそ『不協和音』という楽曲に託された若者の葛藤が、歌い手の自分ゴトとなり、彼女たちのなかに大きな波を生んだのだと推測する。

 『不協和音』という楽曲の根幹にあるメッセージは「他人に同調することなく、自分の思った通りに進めばいい」というものである。このコンセプトが、2つ以上の音が調和せずに交じり合う状態を指す

 不協和音というメタファーによって、昇華されている。

 歌詞のなかにこのような一節がある。

 「不協和音を僕は恐れたりしない  嫌われたって僕には僕の正義があるんだ」

 過度に空気を読み過ぎて、周りに同調してしまう。その環境に対して居心地の良さを感じながらも、どこか違和感を持っている若者心理に突き刺さる楽曲なのだ。

欅坂46の強さは、楽曲とアーティストの融合にある

楽曲とアーティストの融合が、見る人を魅了する楽曲とアーティストの融合が、見る人を魅了する

 若者が抱く葛藤の代弁者。

 そんなアーティストとして真っ先に名前が挙がるのは、尾崎豊氏であろう。彼は時代が生んだカリスマとなり、その遺作はいまも世代を越えて、多くの人から愛され続けている。実際、ネット上では欅坂46と尾崎豊氏のコアにあるものの近さが、度々指摘されている。

 しかし、両者には大きな違いがある。

 それは、シンガー・ソングライターと、提供された楽曲を歌うアイドルという違いである。

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