小林章夫(こばやし・あきお) 帝京大学教授
専攻は英文学だが、活字中毒なので何でも読む。ポルノも強い、酒も強い、身体も強い。でも女性には弱い。ラグビー大好き、西武ライオンズ大好き、トンカツ大好き。でも梅干しはダメ、牛乳もダメ。著書に『コーヒー・ハウス』(講談社学術文庫)、『おどる民 だます国』(千倉書房)など、訳書に『ご遺体』(イーヴリン・ウォー、光文社古典新訳文庫)ほか多数。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
ベルント・レック、アンドレアス・テンネスマン 著
『イタリアの鼻――ルネサンスを拓いた傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ』(ベルント・レック、アンドレアス・テンネスマン 著 藤川芳朗 訳 中央公論新社)
タイトルにあるとおり、なるほど表紙に描かれた肖像では、やたら鼻が目につく。いろいろな意味で強そうな男だ。何しろ傭兵隊長である。恐ろしく強くなければ仕事は務まらないだろう。金で雇われて戦う仕事だし、武力も精神力も相当なものに違いない。現代でも傭兵を生業(なりわい)としている人間がいるようだが、ルネサンス期となれば、華々しい活躍をした人間が多くいたのは知っている。
ダ・モンテフェルトロ家とは、13世紀から16世紀初頭まで、イタリアのウルビーノの公国の君主となった一族。この中にフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロがいた。1422年に生まれ(ウルビーノ家の領主の非嫡子)、1482年に死去した人物。ローマ教皇領、ミラノ、フィレンツェ、ヴェネチアなどの傭兵隊長を務めた男である。しかも一度も負けたことがないと言われている。
戦争に強いだけの人物かと思えば、実はさにあらず、ウルビーノ公国の支配、領国経営でも名をなしたとされるのだから大したものである。領民を大事にして人びとから慕われたというのは、凡庸な政治家ではない。本書を読んでそのすばらしさに感心した。
いや、それだけではない。ウルビーノ公国の支配者として、多くの文人、芸術家を保護し、まさにルネサンスの人文主義を体現した人物だったとされるから、本書の副題はまさに適切。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロは、ルネサンスを代表する逸材だと言えるだろう。そうした人物の生き方を実に巧みに描き出して、本書は実に豊かな読書経験を味わわせてくれる。塩野七生さんの歴史小説にも負けない波瀾万丈の物語である。
それにしても、戦争を請け負う人物でありながら、画家ピエロ・デッラ・フランチェスカや建築家ラウラーナ、マルティーニを育てた上に、絢爛豪華な宮殿を建設し、さらにはアリストテレスを始めとする古典の文書を愛読して、その写本を精力的に集めたという意味でも、ルネサンスの文人の典型のような男である。初期ルネサンス時代には実に精力的な人物がいたものである。
最後に、表紙の肖像画を描いたのはピエロ・デッラ・フランチェスカだが、ほかの画家の手になる肖像画も横顔だらけ。よほど横顔に自信があったのだろうか。鼻に自信があったのか。それとも槍試合で片目を失ったからなのか。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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