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[書評]『アメリカ 暴力の世紀』

ジョン・W・ダワー 著 田中利幸 訳

駒井 稔 編集者

なぜアメリカは世界最強の国家になろうとしたのか  

 日本近現代史研究の泰斗であるジョン・ダワ―の『容赦なき戦争――太平洋戦争における人種差別』(平凡社ライブラリー)や、『敗北を抱きしめて――第二次大戦後の日本人』(岩波書店)をお読みになった方も多いだろう。第二次大戦と敗戦後からサンフランシスコ平和条約までの期間を扱ったこれらの優れた著作は、この国を理解するための必読書と言ってもよい。

『アメリカ 暴力の世紀——第二次大戦以降の戦争とテロ』(ジョン・W・ダワー 著 田中利幸 訳 岩波書店) 定価:本体1800円+税『アメリカ 暴力の世紀――第二次大戦以降の戦争とテロ』(ジョン・W・ダワー 著 田中利幸 訳 岩波書店) 定価:本体1800円+税
 本書はしかし直接日本について言及された本ではない。訳者あとがきに要約されているように、テーマは「自国アメリカは一体、どのような歴史を歩んで現在のような暴力的な超軍事大国になってしまったのか」であり、アメリカが第二次大戦後に行使してきた軍事的な「暴力」についての詳細な研究である。

 だが読み進むうちに、我々の脳裏をかすめるのは沖縄の基地問題であり、アフガン・イラク戦争時の日本政府の行動であり、現在進行中の憲法改正という問題である。世界に巨大な影響を与え続けてきたアメリカの軍事戦略の歴史的な考察は、そのまま我が国の戦後史に対する直接的で容赦ない批評たりえている。

 2015年にアメリカ国防総省は世界に展開する軍事基地・設備は大小を含めて587ヵ所にのぼり、42ヵ国に分散されていると発表した。しかしダワ―は非公式な別の情報によれば、実態はこの数字をはるかに上回るとも記している。海外基地の主なものは、ドイツ(181)、日本(122)、韓国(83)に置かれているという。

 オバマ大統領は2016年1月の一般教書演説で、「アメリカ合衆国は地球上で最強の国家である」と宣言し、「我々は軍事費に、世界の2位以下の8カ国の軍事費を全部合わせた額よりも多い額を充てている」と述べた。

 第1章「暴力の測定」を読むだけでも、我々の想像を超えた軍事大国になっているアメリカの実像が立ち上がってくる。本書に記された軍事に関するさまざまな数字を追っていくと、ある種の戦慄を覚えないわけにはいかない。いったいなぜこのような異様な事態が生じたのか。

 そもそもこの本のタイトルは、「ライフ」「タイム」などを創刊したヘンリー・ルースなる人物が1941年に発表した評論「アメリカの世紀」に、ダワ―が「暴力」という文言を加えたものである。ルースは、アメリカが経済的にも軍事的にも世界で最強の国になることを期待し、アメリカの信念と活動が海外に広められるべきだと説いた。

 このような考え方が、第二次大戦が終わった後、冷戦期を経てどのように変質しながら現在に至ったかを本書は冷静に分析していく。時系列でアメリカの戦後75年を検証していくのである。

 それにしても驚くのは、冷戦期の1956年6月に戦略空軍司令部が作成した「1959年原子兵器の必要性に関する研究」という戦争計画書に、東ドイツから中国にいたるいわゆるソ連圏の1200以上の都市が潜在的攻撃目標としてリストアップされていた事実だ。1961年のベルリン危機に際しては、これを更新する形で対処した。もしもアメリカの核兵器が「全面的に」使われたならば、ソ連の295都市が攻撃目標とされ、予想される死亡者数は1億1500万人だったという。途方もない数字に驚愕すると同時に、アメリカの戦争計画当事者たちの冷静なシミュレーションに恐怖を感じざるをえない。

 ラテンアメリカ経済史・国際関係史の著名な研究者であるジョン・コウツワースよれば、1948年から1990年の間にアメリカ政府によってラテンアメリカの少なくとも24ヵ国の政府が転覆させられたという。そのうち4ヵ国はアメリカ軍を派遣、3ヵ国はCIAが誘導した革命ないしは暗殺で、17ヵ国はアメリカの直接的な介入なしで、その国の軍隊あるいは警察を使って、通常は軍によるクーデターという形をとった。

 1991年の「湾岸戦争」ではデジタル技術が使われ、記憶している人も多いと思うが、テレビゲームのような実戦の映像が繰り返し流された。そして日常会話においても、湾岸戦争は「コンピューター戦争」と呼ばれるようになっていったという。

 アメリカにとって20世紀の大戦争はすべてが海外での戦争であった。9・11の衝撃はアメリカをアフガニスタンとイラクに向かわせたが、責任はその両国にはなかった。世界を変えたのはアルカイダの攻撃ではなく、ワシントンの過剰な反応であったとダワーは指摘する。これは「新しいタイプの戦争」だった。「非対称性」という言葉が21世紀の武力紛争を表現する標語となった。

 『日本語版への序文』でトランプ大統領についてダワーはこう書いている。

 「彼は読書をしない。物事の詳細を知ろうとする忍耐力を全く持っていないし、(中略)英語の表現はとりわけ粗野である」「もっと具体的に言うならば、トランプの極端な言語表現と行動を好む性癖は、もともとアメリカの気質なのである」

 このトランプ大統領が圧倒的な軍事力を誇るアメリカのトップであることを、日本人は深く肝に銘じた方がよさそうだ。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。