

この3月で閉館する中日劇場での宝塚歌劇最後の公演は、名作『うたかたの恋』である。死によって完結する究極の愛、軍服にドレス、世紀末を彷彿とさせる気怠いウィンナ・ワルツの調べ……まさにタカラヅカの王道といっていい作品だ。
初演は35年前、1983年の雪組である。ゴールデンコンビといわれた麻実れいと遥くららがルドルフとマリーを演じた。その後、1993年には星組の紫苑ゆうと白城あやかによって再演。この時の大劇場公演では紫苑の怪我により麻路さきがルドルフ役を務めるというアクシデントもあった。その後は全国ツアーで、1999年月組(真琴つばさ・檀れい)、2000年宙組(和央ようか・花總まり)、2006年花組(春野寿美礼・桜乃彩音)、2013年宙組(凰稀かなめ・実咲凜音)と再演が重ねられている。
……からの今回の星組公演である。それでなくともファンはこの作品に対して多くの思い出とこだわりを持っている。そして、それぞれ理想のルドルフ&マリーの姿があるだろう。果たしてそこに紅ルドルフは如何に挑むのか?
期待と緊張感、中日劇場と別れを告げる寂しさ、そしてお約束の名古屋メシへの楽しみなど、さまざまな思いを胸に名古屋に向かったのだった。
『エリザベート』よりこちらが先輩
『エリザベート』の大ヒットを経た今、『うたかたの恋』は『エリザベート』と同時代のエピソードがさりげなく踏まえられているところが歴史オタクの心をくすぐる作品でもある。落日のハプスブルク帝国の前に立ちはだかるのがドイツだった。普墺戦争の敗北以降、ドイツとの融和を図るのがヨゼフ皇帝(=フランツ・ヨーゼフ、十碧れいや)の外交政策であり、その方針の下で暗躍するのがフリードリヒ公爵(凪七瑠海)である。
だが、650年続いたハプスブルク帝国の事実上の「最後の皇帝」と称された謹厳実直なフランツ・ヨーゼフに対し、皇太子ルドルフは庶民の酒場ホイリゲにもお忍びで出入りしていたという自由主義者であった。そしてルドルフはドイツを嫌い、ドイツ以外の諸国と手を結んで立ち向かっていくべきだと考えていた。父子の不仲の背後にはこうした思想信条の対立もあった。
ルドルフの死後は、フリードリヒの思惑どおりフェルディナンド大公(極美慎)が皇太子の地位に就く。だが彼もまた1914年、セルビア人青年に撃たれる。そして、この「サラエヴォ事件」が第一次世界大戦の引き金となるのだ。彼の前に待っているのはそんな未来なのかと思って見ると、この役も一段と趣深い。
なお、『エリザベート』(初演は1996年)よりも、じつは『うたかたの恋』の初演(1983年)の方がずっと先である。共通の登場人物も出てくるが、『エリザベート』と異なりヨゼフ皇帝は妻一筋ではなく愛人を連れ、逆にエリザベートの方は息子の理解者として描かれているのも面白いところだ。
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