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巨大な鳥かごを作ってふたりが閉じ込められた映像に。映画「大怪獣モスラ」撮影の一コマ.拡大映画『モスラ』(1961)に「小美人」役で出演したザ・ピーナッツ

双子の魅惑と脅威 

 今さらだが、私もピーナッツにしばらくの間、夢中だった。今でも、彼女たちの歌う姿を映像で見ると、当時の甘酸っぱい息苦しさが遠くから蘇る。こうした心的現象を引き起こすおおもとの原因をひとつずつ探っていくと、最後に残るのは――すでに述べたように――魅力的な歌声を発する瓜二つの身体がそこにあるという事実なのだ。

 こうした心情を、私などよりずっとロマンチックに語っている方がいる。先ほどのインファント氏である。

 ザ・ヒットパレードでのドレス姿は露出した肩先の優美な曲線や鎖骨部分のくぼみや胸元のふんわりした印象が目の毒で、またそれがダブルなので、そういうものに目を惹き付けられる自分が嫌で俯いて上目遣いで見ていたりしました。(斜体引用者)

 この気持ちに近いものを私も味わった。熱狂度においては、この方に遠く及ばないが、やや年少の私にとってもピーナッツの姿態は蠱惑的だった。一つの理由は、その身体性が少女と大人の女性の中間にあって、位置づけにくかったからだ。子どもっぽい好き嫌いの対象ではなく、かといって一方的に甘えてしまえる年長の相手でもない。実は一番遠いところにいる、なんともとらえにくい存在だったように思う。

ザ・ピーナッツ拡大左が姉のエミ、右が妹のユミ=1959年
 そしてもう一つの理由は、引用文にあるように彼女たちが「ダブル」だったことだ。「ダブル」が魅力を倍加したという意味ではない。同一の二つの身体の前で、こちらの視線と意識が宙づりになり、軽い眩暈のような恍惚感に引き込まれたのだ。

 恍惚感の正体は前項の「決定不可能性」である。「露出した肩先の優美な曲線や鎖骨部分のくぼみや胸元のふんわりした印象」が「ダブル」になって強化されたのではなく、鏡合わせのような「ダブル」が少年の視線を引き付け、宙に泳がせ、それらのセクシュアリティに連れ込んだのである。

 古来より双子は徴(しるし)を持つ存在である。異性の双子が生まれた場合、その一方を殺害すべしとする風習は世界各地にみられる。双子は母親の密通を推測させるからというのはいかにも近代的な理屈であって、おそらく世界の同一性を揺るがす不吉な象徴として、もっと古形の物語があったのではないか。

 この不吉なシンボルとしての双子を改めて可視化したのは、女性の写真家、ダイアン・アーバスである。彼女は、1枚の写真によって、双子が見る者を不安に引き込む一種の怪物(フリークス)的存在であること明確に示した。その作品は、1967年にニュージャージー州ローゼルで撮影されたものでidentical twinsと題されている。通常は「一卵性双生児」と訳されるが、字義通りに訳せば「同一の二人」という奇妙な文言である。

 画像には、まったく同じ容姿と服装の少女二人が、少しだけ表情を違えてカメラに目線を送っている。白い壁を背景に、一人は明らかな微笑を浮かべ、もう一人はとらえどころのない曖昧な表情を浮かべている。顔の造作は整っていて、服装は中産階級の好みを示している。

 この写真がこちらの心に小波を立てる理由は、すでに述べた通りだ。「同一の二人」を目前にして、我々の視線は二人の間をさまよい続け、ついに着地点を見いだせない。その無能感が被写体の不気味さへ反転していく。

 ダイアン・アーバスが、本業のファッション写真を二の次にして取り組んだ作品群には、見る者を脅かす異貌の人々が写し取られている。小人、巨人、女装者、ヌーディスト、双子、三つ子、仮面を付けた男女、さらにごく普通の人物なのに、こちらの視線に奇妙な歪みを与える人々。1971年に両手首を切って自殺するこの女流写真家は、双子のいる空間が世界の固有性をゆさぶる存在であることを示したのである。

 この双子のイメージは、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980)にも登場する。超常現象を捉える能力を持った少年が、双子の少女を幻視するやいなや、ドアの外から大量の血が奔流のように流れ込んでくる。キューブリックは、アーバスがわずかに表出した凶兆への怖れを見逃さず、最大限に拡大してみせたのである。

 1960年代の日本人もまた、双子への好奇心を隠そうとしなかった。それを代行するかのように、マスコミはピーナッツを追いかけた。“かわいいピーナッツ”が、実はこうした無作法な眼差しにさらされ続けたことは忘れられている。多くの雑誌記事は、双子のからだとこころの「神秘」を飽くことなく書き散らした。それはデビュー直後から60年代半ばまで続き、芸能誌から一般誌まで広い範囲に及んだ。それはこんなタイトルの記事だ。

 “ザ・ピーナッツの肉体の秘密”(『週刊平凡』1960年8月24日号)
 “一卵性双生児の恋”(『週刊大衆』1964年6月11日号)
 “ザ・ピーナッツにおける女の幸福”(『週刊文春』1964年6月22日号)
 “好きな男も同じピーナッツ生活”(『週刊文春』1965年6月14日号)

 記事の基調は、伊藤姉妹が身体の相似だけでなく、生理や心理まで相似していることに(そのたびに!)驚いてみせた上で、彼女たちの恋愛と結婚の難しさに言及するというものだ。その執拗さは、あたかもメディアが双子に発情したかのような気配さえある。一方で「かわいい」を連発しながら、他方で双子の性的身体への関心を隠そうとしなかった。

 双子の魅惑の裏側には、双子の脅威が貼りついていた。その両者が相乗してピーナッツの周りに独特なオーラをつくりだした。彼女たちのハーモニーでオーラは怪しく揺れた。それは戦後歌謡界のどこを探しても見当たらないものである。

双子から小さき者へ

 やっと私たちは、『モスラ』におけるピーナッツの存在を問うところまでやってきた。これまでのやや形而上的な(?)考察からすれば、彼女たちの映画出演の背景はもっと形而下のものだったろう。東宝の制作陣は、当初から怪獣の側に女性の登場人物を配する構想を持っていたようで、その意図を汲んだ原作には、モスラを奉じる巫女たちが書き込まれた。最終的にピーナッツが起用された経緯は知らないが、人気急上昇中の新進タレントは、東宝にとっても願わしいキャスティングだっただろう。

 一方渡辺プロは、この映画出演が、ピーナッツのファン層を拡大する戦略になることに気づいていたにちがいない。『シャボン玉ホリデー』への出演によって、「かわいい娘たち」は若年層のファンだけでなく、年長の聴取者も取り込みはじめていた。ピーナッツは後の言葉でいえば、“国民的アイドル”への途上にあった。渡辺プロの女性歌手でも、中尾ミエ、園まり、木の実ナナはもっと聴き手の層が分かれていた。

身長153㌢のザ・ピーナッツのふたりを、モデル人形(カゴの中)そっくりの30㌢に見せるため、巨大な鳥かごを作ってふたりが閉じ込められた映像に。映画「大怪獣モスラ」撮影の一コマ拡大『モスラ』の撮影で。ザ・ピーナッツのふたりは身長153センチ。実際には巨大な鳥かごを作って、ふたりを中に入れた
 そして『モスラ』は、このファン層拡大戦略のために「かわいい娘たち」をもっと小さなサイズの生き物に仕立てた。彼女たちは、家庭の中の一番小さな人々すなわち子どもたちにとっても「かわいい」存在になった。それが東宝映画『モスラ』(1961)に登場した「小美人」の意味である。身長30センチのピーナッツは狙い通り、子どもたちの関心を集め、妖精のイメージを強化したのである。

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役。国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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