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[書評]『シャーデンフロイデ』

リチャード・H・スミス 著 澤田匡人 訳

松澤 隆 編集者

無自覚な「妬み」は制御できない  

 惹きつける本だ。「シャーデンフロイデ」とは、「害=シャーデン」と「喜び=フロイデ」が合体したドイツ語。いわゆる「人の不幸は蜜の味」、ネットスラングなら「メシウマ」(他人の不幸で飯が美味い)が、ほぼ重なる。

 人はなぜこんな《喜び》を感じるのか。それについて、多くの実証実験、映画や文学作品、米国のTV番組などを分析し、いわば心の「闇」(ダークサイド)の所在を探ったのが本書である(原題は「The Joy of Pain:Schadenfreude and the Dark Side of Human Nature」)。奥付によると著者スミスは、1953年生まれのケンタッキー大学教授(ノースカロライナ大学大学院修了、Ph.D.)で、専門は社会心理学とのこと。

『シャーデンフロイデ――人の不幸を喜ぶ私たちの闇』(リチャード・H.スミス 著 澤田匡人 訳 勁草書房) 定価:本体2700円+税『シャーデンフロイデ――人の不幸を喜ぶ私たちの闇』(リチャード・H・スミス 著 澤田匡人 訳 勁草書房) 定価:本体2700円+税
 さて、この《喜び》は厄介だ。「妬み」に基づくが、「妬み」は必ずしも悪ではない。なぜなら<進化心理学的な見地からすると、妬みは重要な適応的な機能を提供>する。つまり、<生存と繁殖を成功に導く上で>重要なのだ。

 遠い祖先の時代から生存競争で他者に劣れば不快になり、有形無形の「資源」を増やし優位に立とうとしてきた。その結果、<希少な資源は自分自身に相応しいと解釈する方法>として、「妬み」が進化したという。

 いつから「シャーデンフロイデ」が使われたか明らかでないが、高名な哲学者や文学者が概念として深く関心を抱いていたことは、豊富な引用から分かる。また、1800年から2008年までの英文出版物でこの言葉が使用された割合が図示されている。1980年代までは微増微減だが2000年代に入って急増。理由は<種々の不幸に苦しむ人たちに注目しはじめたメディアのトレンド>だという。これを受けてか、前半はあまり馴染みのないTV番組が頻出し、そこは必ずしも読みやすくなく(翻訳は平明だが)、興味を惹かない。

 しかし、読み進むうち大いに頷いてしまう章がいくつか現れる。

 まず3章。ここでは「集団」への所属意識こそがシャーデンフロイデを高めると説明される。そもそも人間には、<自分たちと他者を内集団と外集団に分類する傾向が備わって>いる。そこで、<スポーツでは、自分たちが抱いた邪悪な感情を声に出すのが憚られなくなる――それが、他の状況では恥ずべき感情だったとしても>(思い当たりすぎる)。

 5章では、宗教国家でもある米国らしく、聖職者の偽善が暴かれる。そもそもキリスト教で(どの宗教もそうだろうが)シャーデンフロイデは認められない。戒律は厳格である。ゆえに日頃、同性愛を非難してきた著名な聖職者に対し、彼自身の同性愛体験が明らかになったとき、信者たちは二重の《喜び》に満たされることになる。

 そして、最も熟読してしまうのが10章。ここではヒトラーと、彼を選んだ人々の《喜び》が描かれる。スミスは、ヒトラーがいた頃のウィーンでユダヤ人が占めた優位性(人口は全体の9%ながら、弁護士と医師は50%以上、新聞編集者は70%以上、広告会社重役は90%以上)を紹介し、その<影響力>を認めたヒトラーが、それゆえに妬み、妬みが<嫌悪に転成し、続いて、そこから高潔で正しい「相応しい」憎悪へと変貌を遂げる>過程を、『わが闘争』も引いて詳述する。

 やがて憎悪はナチスによって組織化され、ユダヤ人は市街のゲットーに強制移住させられた(収容所はその後)。ゲットー見物のバスツアーも企画、ユダヤ人を背後に記念撮影した一団は「歓喜力行団」(クラフト・ドィルヒ・フロイデ)と称した。まさに《喜び》の実践である。そして、この《喜び》は、<それを感じている観察者の行為をも動機づける>。すなわち、<受動と能動の境界線はかなり不鮮明になる>(ここで國分功一郎氏の名著を連想するのは場違いだろうか)。

 個人の妬みが国民のシャーデンフロイデを誘い、ホロコーストという悪が跋扈する駆動力になった。この恐るべき行程の一部を確認して我々を震撼させたスミスは、対策らしきものを11章で語る。まず我々は、妬みの対象となる他者の行動を、<当人の内的特性によるもの>に帰属させがちで、かつ<状況によって生じている可能性を見落とす傾向>があるという。だから<個人のせいではなく、状況のせい>と考えれば、その人に相応しくないとみなし、<シャーデンフロイデではなく共感を覚えるかもしれない>。対象者を自業自得と即断するな、状況を見よと言いたいらしい。

 だが、どうだろうか。「集団」の中でそれは可能なのか。一方でスミスは、<シャーデンフロイデは人間の性質に反するものでなく、むしろ共存している>とも言う。すると、免疫力の過剰が種々のアレルギーを引き起こすように、活発な生にとって、この<共存>から逃れる術はないように思える。モヤモヤする。「闇」が深まる。

 実は、同名の新書がある(発行日も同じ)。中野信子『シャーデンフロイデ――他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)。社会心理学者スミスと違い、脳科学者の中野は、シャーデンフロイデとは「オキシトシン」というホルモンの分泌に関わると説く。いわく「愛と絆のホルモン」、明快である。だがこのホルモンは、強い愛着を形成する一方で束縛を促し、対象を攻撃する方向に働く(「絆」が、元は家畜を縛った綱の意味ということが想起される)。好ましいはずの対象の失敗を喜ぶようにもなる……。

 再び、スミスに戻ろう。ヒトラーに重用された建築家シュペールの回顧によると、ヒトラーは<ひそかにユダヤ人に感心しつつ、妬んでもいた>。これを受けスミスはこう書く。<ユダヤ人を妬んでいたヒトラーだったが、自分の妬みには全く無自覚だった>……。モヤモヤは消えない。だが、「妬みに全く無自覚」な権力者がヒトラーだけでないことを、我々は痛切に知っている。その暴走を制御する最善策はない。それでも、次善を求める方策は探るべきだろう。まず周りの「闇」を警戒する。そこから始めるしかないのではないか。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。