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[書評]『誰も書かなかった老人ホーム』

小嶋勝利 著

上原昌弘 編集者・ジーグレイプ

介護をめぐる諸問題を剔抉する書  

 先月、両親を老人ホームに入所させた。85歳と86歳、ともにアルツハイマー型認知症で、要介護1の判定が出ていた。彼らの徘徊と異常な言動は昨年(2017年)夏に突然始まった。この半年間は1冊の本になりそうなくらい苦闘の連続であったが、その日々ともようやくおさらばできる。両親を残したホームを幾度も振り返りながら、還暦を迎えた兄とふたりで肩を並べて歩く。夕日の中で、ふうっと安堵のため息をもらしたのであった。

 しかし腑に落ちないことがいくつかあった。ひとつは訪問介護のケアプランを担ってくれていた、地域のケアマネージャーの反応。彼はわれわれとの別れ際に、「残念ですね」と肩を落としたのである。何が残念なのだろう? 苦しんでいたのはケアマネも同様ではないのか。

 それ以上に奇妙だったのは老人ホーム自体である。わたしのイメージしていた老人ホームは、ほぼ病院、というものであった。このホームも外科、内科、眼科、歯科の4部門の医師が、毎月定期診療してくれている。ところが、そんなイメージとはかけはなれた明るさに満ちた所内は、まるでホテルのようである。

 なかでも風呂場は温泉のような特別な扱いであり、入湯日と入湯時間が全スケジュールの中心となっている。そして介護をめぐるさまざまなサービスは、風呂をめぐる同心円のように配置されているのだ。

 朝昼晩のメニューもまた、まるでレストランのような看板型で掲示される。時には食欲をそそる料理写真が添えられることもある。食堂ではなくめいめいの個室でも食事は可能であり、珈琲や紅茶もセルフサービスのフリードリンクとなっている。

 ということで、この本を手に取ったのは偶然ではない。介護や老人ホームをめぐるさまざまなフシギの答えを知りたいと願い、書店を探しまわった成果である。なお、本書の著者は複数の老人ホームの介護職員を渡り歩き、現在はホーム紹介業を生業としている人物。彼の筆で、ほぼわたしの目的は達せられたように思うのである。

『誰も書かなかった老人ホーム』(小嶋勝利 著 祥伝社新書) 定価:本体840円+税拡大『誰も書かなかった老人ホーム』(小嶋勝利 著 祥伝社新書) 定価:本体840円+税
 まず老人ホームについて語るには、介護保険制度を語らなくてはならない。公的施設であろうと有料施設であろうと、すべてのホームは現在、介護保険によって運営が可能になっていることは間違いないからである。では、そもそもなぜ介護保険が導入されたのか。

 予想されるのは、高齢化社会に向けての国としての当然の対応じゃないか、という答えであろう。

 だが、著者はあっさりとそれを否定する。その答えは結果であり、導入の目的ではないのである。正解は「大企業からオーバーフローしてしまった会社員の再就職先の確保のため」であった。バブル崩壊後に苦しむ会社員層の受け皿として、国が用意した新産業が介護産業だった、というのである。

 しかし、それが偶然にも大当たりしてしまう。会社員の雇用延長は加速し、年金給付は先送りされ、老人もまた長生きするようになってしまった。現在は介護というジャンルが、想定外に膨張してしまったのである。

 当初の介護保険の適用は、貧困層の老人対策程度であったはずだ。しかし豊かな老人が思いのほか独居となり、こぞって利用するに至ってしまった。全額を介護保険でまかなう「特養」(特別養護老人ホーム、要介護3以上、入居期限なし)だけでなく、有料型老人ホームも、半額は介護保険が原資となっている。

 要するに、介護保険は当初の設計から大きく外れている。いずれパンクするのは目に見えているということだ。

 システムが破綻をはらむなか、薄給で頑張る介護の現場も2分されている、というのが著者の見立てである。じつは介護職員の仕事のメインは昔から「訪問介護」であった。130時間の講習を経る必要のある介護初任者(ヘルパー2級)が、訪問介護の担い手であった。訪問ということは、他人の家にあがりこんで身辺の世話をするということだ。受益者の要請があれば、掃除や洗濯や調理など、家政婦の仕事もこなさなければならない。実情として現今7割は女性が担う職場である。

 なぜ訪問介護が介護職員のメインの職業となるのか。自宅で最期を看取るのが当然、という日本ならではの認識がその底流にある。じつは介護職員にとって、老人を施設に送るのは「敗北」なのだ、と著者はいう。そう、わが家を担当したケアマネの「残念ですね」の言葉には、「わたしの力が足らず、ご両親を施設送りにしてしまいました、申し訳ありません」という、お詫びの意味がこめられていたのである。

 だがいまや、時代は「訪問介護」から「施設介護」へと軸足が移りつつある。施設の拡充は止まる気配もない。それは身寄りのないもののセーフティネットとしてだけでなく、クォリティが要求される「終の住処」を求める声が高まったためなのである。

 その象徴が「ワタミの介護」だ、と著者はいう。さんざんな悪評とともに撤退した業者というイメージのあるワタミだが、外食事業者の視点で介護業界に参入したことが、コペルニクス的転回を老人ホームの世界に与えたという。病院食のような無味乾燥なメニューは一掃され、ホテルのようなサービスが実現するに至ったのには、理由があったのである(なお、撤退したワタミを引き継いだ某社が、わが両親の入居した施設の経営元であった)。

 このほか、老人ホームの3類型(公的施設、介護付き有料老人ホーム、住宅型有料老人ホーム)の差異や、入居老人のさまざまな生態なども本書には描かれており、すさまじく面白い。だが、それはわたしの関心の埒外ではあるので、ここではふれないでおく。本書を手にとって、どうかご確認いただきたい。

 さて、じつは本書読後に気になったことがある。最終章に、著者は予言のような言葉を残しているのだ。

・2020年の東京オリンピック後に、介護の世界に大変革が起きる。
・いずれ介護保険はパンクし、介護保険制定前の状況に回帰する。

 この2つの予言は微妙に関連しているようだ。各所を取材した限りで予想される「大変革」とは、どうやら社会福祉士と介護福祉士などに分かれている介護の資格が、再編成されるということらしい。大ざっぱにいえば、事業として難易度を高めることで、給与水準を高め、いまなお続出する離職者を引き止めようという意図があるようだ。

 しかし介護職自体に高いハードルが設定されるなら、有資格者が常駐する施設は少なくなり、いきおい利用料も高額となってしまう。となれば、有料施設に入れるのは富裕層中心となってしまうだろう。公的施設とのあいだに大差が生じることになりかねない。結果として、介護保険制定前の状況に回帰するわけである。

 じつは現在、新築施設しかない「特養」のほうが設備は豪華で、有料型ホームが旧弊、という逆転現象が起こっている。それは、じつは有料型ホームの多くは企業の廃止した社宅を再利用したものだからなのだ。期せずして現状「老い支度」は、よほどの大富豪でもない限り平等に近いものがあるが、今後は「特養」との格差が再逆転し、さらに問題は深まってくるのである。

 最後に、老人ホームに入居したわが両親の近況をお伝えしておきたい。元来、暢気で陽気な彼らは実家を恋しがることもなく、日々楽しく過ごしている。先週訪問した際は「オレたち夫婦は旅行ツアーに出ているのだ」と自慢し、「このホテルの11階(実際は3階)がオレの部屋だ」と自室まで案内してくれた。残された息子たちのほうは、ムダにバカでかい実家の処分に頭を悩ませている。これはまた、次のステージでの課題になりそうだ。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

上原昌弘

上原昌弘(うえはら・まさひろ) 編集者・ジーグレイプ

1961年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒。大学時代、産経新聞と北海道新聞と新書館(後に入社)の3社かけもちで働く。卒論はヒッチコック。月刊コミック誌、バレエ雑誌、思想誌『大航海』などを編集。また書籍では、川本三郎『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞受賞)、『小津安二郎全集』、『車谷長吉全集』(いずれも新書館)などを編集。