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[書評]『集中力のひみつ』

伊藤丈恭 著

井上威朗 編集者

「バカのまま死ぬ」のが嫌なら絶対必読、圧巻のドジョウ大盛り名著  

 私のようなあまり志の高くない編集者は、目新しいスタイルで売れた本を見るとすぐにマネをして失敗してしまうものです。

 柳の下にはあまりドジョウはいない、とわかっているのに、「あのベストセラーと同じスタイルで……」とか言っていると社内でも企画を通しやすいし、経験の浅い著者だと書いてくれやすいからです。安易な話ですね。

 実際、2009年の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(現・新潮文庫)のあと、ライトノベル仕立てで長いタイトルの入門書が次々と出ましたから、私と同じような思考の編集者は多くいたのでしょう。

 そしてこの流れは、2016年の奇書にしてベストセラー『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』(サンマーク出版)で終止符が打たれた感があります。

 別の流れもありました。2013年の『嫌われる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)のあと、登場人物の対話を脚本形式で見せる自己啓発書が次々と出ては討ち死にしていったのです。おそらく意図的にスキのある形で作られた『もしドラ』と違い、『嫌われる勇気』はライティングもオリジナリティも圧倒的だったので、「柳の下」を目指すのも難しかったのでしょう。

 ところが2015年、ノーマークなところからドジョウをゲットした傑作が出現したのです。それは芸術新聞社から刊行された『緊張をとる』

 著者は演劇のプロなので、脚本形式もお手のもの。登場人物が常識の逆張りをズバズバ語るけれどイヤミにならないのは、2007年の『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)が開発した「関西弁で説教されるとつい聞いてしまう」方法論の応用でしょうか。

 タイトル通り、かなり実践的に「緊張をとる」技術が語られたこの本、見事に「ベストセラーの形式を踏襲して成功する企画」というレアな存在となったのです。

 そして続編となる本書『集中力のひみつ』では、前著でも根本の部分で説かれていた、「人間が創造性を発揮するために必要な技術」を余すところなく書き切っています。

 これで『嫌われる勇気』と『夢をかなえるゾウ』の2つの流れが交わったところの柳の下にいるドジョウをみんな取り尽くされてしまったな、そんな感想を抱いてしまいました。

『集中力のひみつ』(伊藤丈恭 著 芸術新聞社) 定価:本体1600円+税拡大『集中力のひみつ』(伊藤丈恭 著 芸術新聞社) 定価:本体1600円+税
 前著『緊張をとる』で活躍した大女優の弟(失業者)が今作の教師役。姉に対する深いコンプレックスを抱えながら、それでもネガティブ思考の広告代理店女子に「集中を通じて創造性を発揮する技術」を教えていくことで、自らも俳優として再生していく……という筋立て。話のスケールも書かれる内容の深さも前作の上をいっており、著者がもともと書きたかったのはこの企画だったのかな、と思わされます。

 なにしろ面白い、というよりは驚きが多すぎです、この本。刺激的な言葉がたっぷりと盛り込まれています。

 たとえば、演劇の世界でも自己啓発の世界でも、定番としてやるべき行為の意味を深く突き詰めず、「とにかくやれ」という指導者たちを、こんなセリフで厳しく糾弾しています。

 「想像力想像力っていう人に、どうやったら想像力を信じられるんですか、具体的にイメージすると頭でっかちになるんですけどって聞いてみな。自分で考えろっていわれるから。言うだけでわかってないんだ」

 本書の著者は、とにかくいろいろな角度から常識を疑うことを推奨します。ですが、そうすると矛盾する指針も出てきます。なにしろ「いいこと言ってるなあ」と素直に受け入れようとすると、こんなことを言われるからです。

 「疑うのがネガティブだ、ネガれ、ネガれ! 疑わないとバカのまま死ぬぞ」

 じゃあどうすればいいか、と不安になりますが、後半になると矛盾の効用も鮮やかに説かれており、なるほどと感心しながらクライマックスへと連れていかれます。

 こうして読了すると、「バカのまま死ぬ」のがいかにもったいないことか深く納得しつつ、仕事に役立つ集中力の作りかたが手に入っています。見事です。

 手に入る個別のテクニックも、「ハードルを下げる」「要素を分解する」「全部を受け入れる」などなど、解説を読めば目からウロコが落ちるものばかり。この愉快な読書体験は、なかなか味わえないレベルであります。

 とりあえず私自身は、何匹目かのドジョウを追う仕事でも楽しめる思考が手に入りました。もっとすごいドジョウを捕って、この本のアンサーにしてやるからな! そう闘志までかきたてられた次第。

 ドジョウ探しではない仕事をしている人でも、まだ自分の脳味噌に使いようがあるんじゃないか、そう思える方なら、本書の立ち読みだけでも驚けるはず。激しく推奨いたします。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA  「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在はまたWeb雑誌にて書評を担当。手がけた企画は竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』、本田透・堀田純司『メカビ』、斎藤貴男『「東京電力」研究 排除の系譜』(第3回いける本大賞)、古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』など。