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『ロスト・イン・トランスレーション』再見(下)

美しくない日本人!?

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

渋谷駅前のスクランブル交差点拡大東京・渋谷駅前のスクランブル交差点。周辺は広告で溢れている(写真はイメージ)

 すでに触れたが、東京の映像とともに『ロスト・イン・トランスレーション』で最も強烈な印象を刻むのは、ボブやシャーロットの目に映る<異化された日本人>の姿だ。彼らはときに内面を欠いた無表情で不気味なレプリカントのような面相を見せ、ときに慇懃無礼にも思われる気持ち悪い口調で社交辞令を述べ、営業用の愛想笑いを浮かべ、はたまた異様なハイテンションをヒステリックに露わにしたりする(そうではない親密さをボブやシャーロットに示す日本人も登場するが)。

 たとえば、CMディレクター(ダイヤモンド☆ユカイ)のイライラした神経症的な態度や、ボブがゲスト出演するテレビ番組の司会をつとめる芸人、マシュー南(藤井隆)のいたたまれないような騒々しさ、あるいはやはり、耐えがたい騒音をまき散らして走行する選挙の宣伝カーは、ほとんど醜悪と言ってよいほどリアルに――“現実そっくり”に――描かれる。

 ソフィア・コッポラがたんなる“親日家”などではなく、日本に対する鋭い観察眼の持ち主であることを示して余りあるジャパン・スケッチだが、彼女はそれによって、日本のテレビ文化や選挙宣伝を、いわば嫌悪感すれすれのセンスで風刺・揶揄するのである。むろん、ソフィアのこうした眼差しは、西欧中心主義的、白人至上主義的な感性と無縁ではないかもしれない(『ロスト・イン・トランスレーション』が日本を侮辱した“国辱映画”だとする意見もある。そのような意見の持ち主は、本作に登場する日本人を見て、自らのゆがんだ自画像を見せられる気分になるのかもしれない)。

 しかしソフィアが他方で、シャーロットの夫ジョン(セレブ・カメラマン)の被写体になるハリウッド女優のケリー(アンナ・ファリス)を、薄っぺらで無教養でハイテンションのネガティブ・キャラクターに設定していることも見逃せない。いずれにせよ『ロスト・イン・トランスレーション』では、ハイテンションの人物たちがネガティブに描かれる一方で、ボブやシャーロットのような、そしてシャーロットの友人チャーリー(林文浩)のような寡黙で低体温のキャラクターがポジティブに、すなわち観客が感情移入しやすい人物として描かれるのだ。

コミュニケーションの宿命的なありよう

 ところで、『ロスト・イン・トランスレーション』というタイトルは、 ・・・続きを読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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