水島宏明 編 水島ゼミ取材班 著
2018年05月22日
長年、映像ドキュメンタリーの現場で闘ってきた水島宏明氏は、現在大学で教鞭をとっている。本書はその水島氏が法政大学と上智大学で受け持ったゼミで、学生たちが卒業制作として撮影したドキュメンタリーを、活字のかたちで再構成したものだ。
『想像力欠如社会』 (水島宏明 編 水島ゼミ取材班 著 弘文堂)
〈競争主義や成果主義が横行し、他人の境遇を理解しようとせず、相手を蹴落とし、容赦ない罵声を浴びせて自らの利益だけを優先する〉日本社会。
〈「他人の痛み」を見て見ぬふり。見ないどころかざまぁ見ろと舌を出す。「痛み」を共有しようとせず、むしろ本音をむき出して弱き人を叩いてののしる。そんな社会へと変貌していく〉わが国。
引き写していてそのいちいちが、日々目にしている光景にピタリと重なってしまうのに暗澹としてしまうのだが、本書を読み終えていちばんに感じたのは、実はその対岸にある「希望」であった。
ここに収められた10人のレポートは、ホームレス支援の現場を観察したり、盲目の母親の子育てを描いたり、あるいは全身型円形脱毛症という病気を患った女性から話を聞いたりとテーマはさまざまであるが、一貫して取材する側がわきまえている作法は、「他者にふれる」ときに欠いてはならない想像力と気遣いである。
それはたとえば、本書のなかでもっとも高いテンションを保っている「第6章 あるいじめの記憶のあとさき」においても変わらない。これは中学1年生のときに陰湿ないじめにあい転校までしてしまった学生が、その記憶をトレースし、過去の自分を浮き彫りにしながら、教室にいたクラスメートを訪ね、ついにはいじめの主犯者である「Sさん」にまでたどりつく、というある種のセルフポートレートだが、カメラを向ける関係者のみならず、自らをも「他者」として対象化しているところが秀逸である。
特に最後、同じく大学生になっているSさんを校内で探し出して向き合う場面に息を呑む。詰め寄ってみても本人にはあまり「いじめた」という意識がなく、自らの行為は薄々覚えているもののそれは「遊び」の範疇としか捉えられていなくて、結局彼女からは「だから、それは、ほんまに悪かったと思うし」という言葉しか得られない。
このあたりのくだりは日本の社会にはびこる「何ものか」に通底していないだろうか。
〈誰にも告げずに転校した私は、彼女に一度も謝られることなく、ここまできた。私が欲しいのは、「悪かった」じゃない、「ごめんなさい」なのだ〉
この一文に、東アジアにおいて過去明らかに加害者であった日本を認められず、素直に「ごめんなさい」が言えない人々の姿をダブらせてしまうのは、飛躍のしすぎか。
学生たちが身に付けている「他者にふれる術」も知らず、自らを「他者」として対象化もできない子どもに過ぎないと断ずるのは穿ちすぎだろうか?
また「エピローグ」で水島氏が書いているが、「第7章 河川敷のいのちたち」に登場する多摩川の河川敷で捨てられた犬や猫と暮らしているホームレスの老人を、「周辺住民にとって大迷惑」という文脈でのみ捉え、「人間の皮をかぶった化け物」という伝聞の呼称から想像のイラストまで作って報道し、さらにあろうことかその文脈に合わせた「ヤラセ」までをも犯したTBSの情報番組「ビビット」のことを思うにつけ、マスコミそのものがまさに「想像力欠如社会」を象徴する存在に成り下がってしまった現実に眩暈がする。
ただ、全体を読み通して残るのは、たとえば大地震があった長野県栄村で長年連れ添った妻を亡くしひとりで暮らす「じいちゃん」の笑顔や、3・11から6年が経ち、江東区に建てられた被災者のための高層マンション「東雲住宅」を出て、福島県の南相馬市に帰ることを決意する老夫婦などであり、彼らに寄り添って取材をする学生たちの真摯な姿である。
できれば映像そのものを見たい……そう思わせるのは、さまざまな文体で表出された「希望」のせいだろうし、加えて、偶然かもしれないが10人が10人とも女子学生であることも、これからの社会に明るい兆しをもたらしているような気がする。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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