メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

【ヅカナビ】博多座『あかねさす紫の花』

ABパターンを見比べてみた。役替わりで見せる明日海りおの多彩な魅力

中本千晶 演劇ジャーナリスト


  5月の博多座には全国各地からタカラヅカファンが集結した。目指すは花組公演『あかねさす紫の花』である。万葉の歌人としても名高い額田女王をめぐる大海人皇子と中大兄皇子との恋のさや当ての物語。1976年初演の後、これまでも何度か再演され、今なお根強い人気を誇る名作だ。

 だが、今回の再演は特別だった。この作品には弟の大海人皇子を主人公にしたものと、兄の中大兄皇子を主人公にしたものの二つのバージョンがあるが、今回の博多座公演では前半〈Aパターン〉と後半〈Bパターン〉で役替わりがあり、両バージョンを観ることができたのだ。花組トップスター・明日海りおの主演であればどちらのバージョンも見てみたい、というファンの悲願が一気に叶ったというわけだ。

拡大花組博多座公演『あかねさす紫の花』〈Aパターン〉
 凝った舞台装置が使われているわけでも、迫力の群衆シーンがあるわけでもない。シンプルなセリフの応酬劇であり、それだけに役者の力量が問われる。とくに、中大兄が額田を見初める場面からラストの大海人乱心まではたたみかけるようにテンポ良く進み、息つく暇もない緊張感だ。

 今回のヅカナビでは、5月15日と16日、ちょうどAからBへと切り替わるタイミングでの2公演の様子をお伝えしよう。大海人から中大兄へ、主演の明日海はわずか1日で真逆ともいえるキャラクターに見事に変貌を遂げた。そして作品全体も、基本的な展開はほとんど変わらないのに、まったく違う色合いを醸し出していた。

〈Aパターン〉大海人の溢れる想いが切々と

 時は7世紀、中大兄皇子、中臣鎌足らが「大化の改新」を成し遂げ、大和朝廷の基礎が固められつつあった時代の話である。大海人皇子(明日海りお)は幼馴染であった額田女王(仙名彩世)を妻とし、幸せな家庭を築いていた。ところが、兄の中大兄皇子(鳳月杏)が額田に横恋慕し、強引に自分のものにしようとする。

 愛する額田への疑念、そして尊敬していたはずの兄に対して芽生える憎しみ……明日海の大海人からは、溢れ出る複雑な感情が切々と伝わってくる。幸福の絶頂から不幸のどん底に突き落とされる役どころは明日海の真骨頂だ(『ポーの一族』然りである)。とりわけラスト、額田と再会した後に歌い上げる主題歌には万感の想いがこもる。

 苦悶する大海人の前に、兄の中大兄(鳳月)はクールに立ちはだかる。心に秘めた赤い炎が徐々に燃え盛っていくような大海人に対し、中大兄は青い炎を燃やす王者の風格で、その対比がとてもいいバランスだ。

拡大花組博多座公演『あかねさす紫の花』〈Aパターン〉
 名場面として知られる「白雉の舞」は、大海人、中大兄、そして額田、それぞれの想いが胸に迫ってきて一挙一動から目が離せない。どれほど多くの言葉より雄弁に三者の心の動きを物語る、舞踊が持つ底力を感じさせる場面となっている。

 兄弟の不仲を隠し通すため策を講じる中臣鎌足(瀬戸かずや)、これがまた心憎いフィクサーぶりだ。「宮中にお戻りにならなくてはいけません」と鏡女王(桜咲彩花)を叱責する声にもドキッとするような色気を感じさせる。その鏡女王にも今回はとくに惹きつけられた。控えめな品の良さ、実の妹に夫を奪われるという気の毒な運命に弄ばれつつ最後は鎌足に大事にされたであろうという役どころがよく似合っていた。

 その他、斉明天皇(花野じゅりあ)の凛とした気品、鵜野皇女(華優希)の健気な勝気さ(この人は後に持統帝として権力を握る女性である)、舟坂郎女(芽吹幸奈)のさりげない温かみ、迫り来る悲劇を確信させる有間皇子(帆純まひろ)の美しさ、などなど目を引くキャストは枚挙にいとまがない。和海しょう、羽立光来など、歌唱力に定評ある人がここぞという時に聴かせてくれるのも嬉しい。

 それにしても額田女王は難しい役だなと改めて思う。だが、仙名演じる今回の額田は2人の男性に翻弄されるというより、最終的には自己責任で自分の道を選んだように見えた。大海人の良き妻、十市皇女の良き母でありたいと思いつつ、それでは収まりきれず、時の最高権力者の公私にわたるパートナーであることを望んだ女性ではないか、と。これもまた今の時代にしっくり来る額田像であるように思えた。

・・・ログインして読む
(残り:約1498文字/本文:約3215文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

中本千晶の記事

もっと見る