真名子陽子(まなご・ようこ) ライター、エディター
大阪生まれ。ファッションデザインの専門学校を卒業後、デザイナーやファッションショーの制作などを経て、好奇心の赴くままに職歴を重ね、現在の仕事に落ち着く。レシピ本や観光情報誌、学校案内パンフレットなどの編集に携わる一方、再びめぐりあった舞台のおもしろさを広く伝えるべく、文化・エンタメジャンルのスターファイルで、役者インタビューなどを執筆している。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
時代の変化に合わせて自分を変えていかなきゃ
ミュージカルなどの舞台で活躍する伊礼彼方に話を聞いた。インタビューを行ったのは、2019年に上演される『レ・ミゼラブル』でジャベール役をすることが発表になった直後。その『レ・ミゼラブル』への想いやオーディションの様子、ファンクラブを解散した理由やちょっとした(?)今の悩み、そして、『ジャージー・ボーイズ』出演についてなど、今の伊礼彼方の想いを存分に語ってもらった。
――まずは『レ・ミゼラブル』(以下、レミゼ)への出演が決まりました。おめでとうございます。
ありがとうございます。例えていうと、違う流派に加入してまた白帯からスタートする……そういう気持ちになりますね。レミゼは今までとは違う世界なんだろうなと思っています。
――レミゼはひとつの目標だったそうですが。
そうですね。初めて観た時に感動しました。
――何年前ですか?
7~8年前だと思うんですけど、楽曲がとても良く、俳優もすごく魅力的で、みんなが生き生きしていてね。当時は盆が回るオリジナル版の演出で、舞台上にほぼ何もない状態でフランス革命を演出するってすごいなって思ったんです。あの頃はまだまだ自分の経験値も浅くて、いつかこの作品へ出たいなって思いました。
――その時はどの役を演じたいと思ったんですか?
演じたいと思ったのはアンジョルラスだったんです。でも一番衝撃を受けたのはジャベールでした。
――ジャン・バルジャンではなかったんですね。
そうなんです。今、改めて見たらジャン・バルジャンってなんて素敵な役なんだって思うんですけど、当時、一番衝撃を受けたのはジャベールだったんです。
――どういうところに衝撃を受けたんですか?
なんだろう……ひとつのことにぐあーってなるあの視野の狭さや男っぽさというか……固く重い何かを背負っている彼にものすごく魅了されました。で、後半に出てきたアンジョルラスにスパッと衝撃を受けて、「これだ! 自分はこれだ! この役をやりたい!」って思ったんです。すごく神々しく見えたんです、アンジョルラスが。彼だけ、あたっている照明の色が違う感じがしました。そしてオーディションを受けたんですけど、散々な結果でした。オーディションでいろいろと衝突しまして、いつかオファーがくるように仕向けてやろうと思いました(笑)。その後、オーディションのお話をいただいたんですけど、その時はお断りしたんですよ。すでに自分の中では清算されているんですけど、レミゼに関してはいろいろと過去がありまして……そして、この年齢になって改めてレミゼはやっぱりいいなと思っていたところだったんです。
――なぜ、改めていいなと思われたんですか?
元々いい作品だと思ってましたし、何より好きだったんです。いろいろあった過去のことで、感情的にレミゼのことは考えなくなっていたけど、良いものはやっぱり良いんですよ。世界的に有名な作品だし、自分もその一員になりたいなって思いながら過ごしていたら、今回のオーディションの話があったんです。
――オーディションはいかがでしたか?
最初、いやいやまだ若くないですかって思ったんです。僕、40歳を過ぎてから受けようと思っていたから。でも、世界的には僕より若い人もジャン・バルジャンやジャベールを演じているので年齢的には問題ないですし、経験を重ねて声も太くなってきているからと推薦してくれる方がいたんです。そこまで言って下さるんでしたらと受けさせていただきました。こんなに早くチャンスが来るとは思いませんでしたけど、練習をしてオーディションを受けました。
――それはジャベールの歌を練習したんですか?
そうです。課題曲が2曲ありました。いやあ、面白かったですよ。オーディション当日は広い稽古場に呼ばれて、15人ぐらいの関係者が横一列に並んでその奥にもまた大勢いるんです。現地スタッフが真ん中にいて、その両サイドに日本人スタッフがいました。
――そんなにたくさんの方がいらっしゃるんですね。緊張しませんでした?
そりゃ、緊張しますよ。
――その中に一人で入っていって?
そう、一人で。まず1曲歌ったら、今度はこういう風にやってもらえないかって説明があって。わかりましたと。
――歌? 芝居?
こういう風な心情を歌って欲しいと。歌でもあり芝居でもありますよね。言われたことをすぐにチャレンジして。1曲を4〜5回歌ったかな。
――それはすべてリクエストが違うんですか?
そう。でも瞬時にはできないので、ちょっと考えさせてくださいって1分くらい時間をもらって考えて、じゃあやりますと。今まで得てきたものを自分の引き出しから取り出しながら歌いました。
――それは感情的なことを言われるんですか?
そうです。例えばある曲について、この曲はすごく綺麗な曲で、以前は歌い上げてほしかったけれど、今は違う。彼の強い精神を見せて欲しいから綺麗に歌わないで欲しいと言われたんです。綺麗に歌わないというのは、朗々とした(高めの声で)“ああ〜”じゃなくて、(低めの声で)“ああ〜”って(実演付き!)。強い意思を持って歌って欲しいというリクエストだから下から歌う……自分はそういうチャレンジをしたんです。こういうことを言ってるのかな、なんて理解しながらね。
――それを何パターンか言われるんですね。
そうです。練習をせずにそのテンションで続けて歌うから、脳の酸素がなくなっていくんです。
――いきなりテンションを上げて歌うからですか?
どんどんどんどん感情が高ぶってくるんです。だから稽古は大事なんですよね。感情が高ぶるとバランスが取れなくなるんです。心と脳と体のバランスが崩れていくんですね。これを1~2カ月間、稽古を重ねていくと、そのバランスを冷静な状態でベストなポジションに持っていく体作りができる。他のオーディションでも同じような経験をしたことがあって、いきなりそのテンションに持っていかなきゃいけないから、体も心もついていかない状態になるんです。脳だけで瞬間的に支配するから。
――だから酸素がなくなるんですね。
そうです。ジャベールは最後に自殺しますよね。瞬間的に自殺というテンションにガッと持っていくから、急に負のオーラみたいなのに侵されるんです。技術的なことは何も指示されず、感情的なことしか言われない。それを約45分間やったんですよ。たった2曲だったけど45分間かかりました。その時に、受かる受からないは別にして、「ああ、やりきった」っていう気分になれたので、オーディションを受けて良かったと思いました。『エリザベート』のルドルフ役のオーディションを受けた時も同じような感覚だったんです。やりきったからもう後悔はないと……。
――なるほど。
もちろん受かりたいですけど、でも、やりたいこと、やれることは全部やった。言われたことは全部やれたはずだと思えたんです。それと、よく知っている通訳の方もその場にいらっしゃったんですけど、最後に歌った曲でその方が泣いてたんです。衣裳も照明もない、体ひとつで歌ったその曲を聞いて。それを見た時に、自分が演じたジャベールとして何かが通じたんだなと思いました。結果がどうであれ、今自分が出したジャベールとしての人間像は瞬間的にも生きていたんだなっていう認識はあったんです。感動してくれた人がひとりいる。他の人は泣いてはいないけど、もしかしたら何かが届いていたかもしれないなって思えたので、すごくうれしかったですね。
◆伊礼彼方 出演舞台◆
●ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』
2018年9月7日(金)~10月3日(水) 東京・シアタークリエ
2018年10月8日(月・祝) 秋田・大館市民文化会館
2018年10月11日(木)~10月12日(金) 岩手・岩手県民会館
2018年10月17日(水)~18日(木) 愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
2018年10月24日(水)~28日(日) 大阪・新歌舞伎座
2018年11月3日(土)~4日(日) 福岡・久留米シティプラザ ザ・グランドホール
公式ホームページ
●ミュージカル『レ・ミゼラブル』
2019年4月~5月 東京・帝国劇場 ほか全国公演あり
公式ホームページ
〈伊礼彼方プロフィル〉
沖縄県出身の父とチリ出身の母の間に生まれる。中学生の頃より音楽活動を始め、ライブ活動をしていたときにミュージカルと出会う。最近の主な出演作は、『ロマーレ』『TENTH』『ビューティフル』『王家の紋章』『お気に召すまま』『サバイバーズ・ギルト&シェイム』『あわれ彼女は娼婦』『グランドホテル』など。
★伊礼彼方official web site