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『ハングマン』公演レポート

映画『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナーの最新作はひりつくコメディ

大原薫 演劇ライター


拡大『ハングマン』- HANGMEN -公演から=引地信彦撮影

 マーティン・マクドナーの『ハングマン』- HANGMEN -が長塚圭史の演出、小川絵梨子の翻訳により世田谷パブリックシアターで上演された。引き続き、6月9日から豊橋、京都、北九州で順次、上演される。イギリスの絞首刑執行人(ハングマン)を主人公としたダークなコメディは、マクドナー独特のひりひりした感覚が全編にあふれている。

残酷でありながら、おかしい

 ピンと張った一本の絞首台のロープに、大きく揺さぶりをかける。見ていてそんな感覚になるのが、本作『ハングマン』だ。残酷でありながら、おかしい。自分が持っている先入観や良識を外して物語の世界に飛び込んでみれば、なんとも言えない笑いがこみ上げてくる。やがて、自分自身にも突きつけられるものを感じる作品だ。

 映画『スリー・ビルボード』の監督・脚本を務めるマーティン・マクドナーは映画・舞台の両方で活躍する。戯曲の書き下ろしとしては2005年のブロードウェイ初演の『スポケーンの左手』以来。ロンドンでは2003年にナショナル・シアター初演『ピローマン』以来の待望の新作として2015年にロンドンにて世界初演。2018年にオフ・ブロードウェイ初演された最新作だ。

 日本初演となる今作。演出は『ウィー・トーマス』(03、06年)、『ピローマン』(04年)、『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』(07年)を手掛けた長塚圭史、翻訳は『ピローマン』(13年)、『スポケーンの左手』(15年)、『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』(17年)を翻訳・演出した小川絵梨子。いわば「日本のマクドナー作品のスペシャリスト」が集まり、本戯曲に奥深く入り込み、田舎町のパブのゆるい飲みの場が次第に緊迫感あふれるものに変わっていく様子を余すところなく描き出した。

 舞台は1963年、イングランドの刑務所。ハングマン=絞首刑執行人のハリー(田中哲司)は、連続婦女殺人犯ヘネシー(村上航)の刑を執行しようとしていた。しかし、ヘネシーは冤罪を訴え「せめてピアポイント(三上市朗)を呼べ!」と叫ぶ。ピアポイントに次いで「二番目に有名」なハングマンであることを刺激され、ハリーは乱暴に刑を執行する。

 それから2年後の1965年。イングランド北西部の町・オールダムにある小さなパブ。死刑制度が廃止になった日、ハングマンのハリーと妻アリス(秋山菜津子)が切り盛りする店では、常連客のビル(谷川昭一朗)、チャーリー(市川しんぺー)、アーサー(大森博史)や私服警官のフライ刑事(羽場裕一)がいつもと変わらずビールを飲んでいる。新聞記者のクレッグ(長塚圭史)は最後のハングマンであるハリーからコメントを引き出そうと躍起になっている。そこに、見慣れない若いロンドン訛りの男、ムーニー(大東駿介)が入ってくる。不思議な存在感を放つムーニーの登場で不穏な空気が漂い始める。

 翌朝、ムーニーは再び店に現れる。ハリーの娘シャーリー(富田望生)に近づいて一緒に出かける約束をとりつけるが、その後姿を消すムーニーと、夜になっても帰って来ないシャーリー。そんな中、ハリーのかつての助手シド(宮崎吐夢)が店に現れる。「2年前のヘネシーの事件は実は冤罪で、連続婦女殺人犯は他にいる」と訴えるシド。ハリーは昨日パブに現れたムーニーのことを思い出す……。

古い価値観に生きる人たちの閉塞感

拡大『ハングマン』- HANGMEN -公演から=引地信彦撮影

 アイルランド系イギリス人であるマクドナー。キャリア初期に書いた「リナーン三部作」(『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』『コネマラの骸骨』『ロンサム・ウェスト』)をはじめとして、アイルランドを舞台として書いた作品が多いが、初めて自分のもう一つのルーツであるイギリスを舞台として描いたのがこの『ハングマン』だ。

 IRAの過激派の中尉の愛猫を殺されたことをきっかけにとんでもない惨劇が巻き起こる『ウィー・トーマス』や、年老いた母と中年独身の娘との「バトル」が繰り広げられる『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』。マクドナーの過去作品と同じく、『ハングマン』の舞台がイギリスに変わったとしても、そこに漂う閉塞感は変わらない。

 田舎町のパブに集う中高年男性たちの気の置けない会話。だが、そこにはどこか、時代の波から取り残されてしまった「過去の遺物」感が漂っている。1965年はイギリスが絞首刑を廃止した年だが、同時にビートルズの『ヘルプ!』のヒットなど若者文化が花開いた年でもあった。この田舎町に生きる中高年たちは若者文化とは縁遠く、古い価値観のままに生きているのだろう。だからこそ、若いシャーリーは生きにくいのだ。

 そこに、都会からやってきたというムーニーが登場。田舎町で「過去」の時間を生きる人たちと、未来を生きようとするムーニーとの対比は非常に鮮やかだ。小川の生きた息吹を伝える翻訳とリアリティに落とし込む長塚の演出によって、田舎町で生きる人たちの重苦しさ、差別意識や排他性が真実味を持って伝わってくる。

 やがて、彼らにムーニーを異物として排除したいという気持ちに生まれる。そして、彼らの思い込みから、話は予想もしない方向にどんどんコマを進めていく……。

◆公演情報◆
PARCOプロデュース2018
『ハングマン』- HANGMEN -
2018年6月9日(土)~6月10日(日) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
2018年6月15日(金)~6月17日(日) ロームシアター京都 サウスホール
2018年6月21日(木)~6月22日(金) 北九州芸術劇場 中劇場
公式ホームページ
[スタッフ]
作:マーティン・マクドナー
翻訳:小川絵梨子
演出:長塚圭史
[出演]
田中哲司 秋山菜津子 大東駿介 宮崎吐夢 大森博史 長塚圭史 市川しんぺー 谷川昭一朗 村上航 富田望生 三上市朗 羽場裕一

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筆者

大原薫

大原薫(おおはら・かおる) 演劇ライター

演劇ライターとして雑誌やWEB、公演パンフレットなどで執筆する。心を震わせる作品との出会いを多くの方と共有できることが、何よりの喜び。ブロードウェー・ミュージカルに惹かれて毎年ニューヨークを訪れ、現地の熱気を日本に伝えている。

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