森川智之 著
2018年06月11日
岩波新書の最近の刊行物には、広い意味での職業案内のシリーズがあるらしい。『スポーツアナウンサー――実況の真髄』、『キャスターという仕事』などで、本書もその一つだろう。
アニメ方面は全く無縁だが、昔は声優の吹き替えに心躍らせた人間として、やはり興味をひかれた。広川太一郎のハチャメチャ、大平透の深い声、藤村有弘の明るい声、女性ならば池田昌子にうっとり。そういえば森山周一郎も味わいがあった。もちろんポワロを長年演じてきた熊倉一雄さんも忘れてはなるまい。あの声に親しんだためにこれを演じたデヴィッド・スーシェの声が記憶のかなたに消えてしまった。
森川氏の本だが、カバーの著者近影を拝見すると風俗業界の人かと思えてしまい、おまけにすぐわきに「日本中の女子をお世話してきた『帝王』であり」などと書いてあるからその方面かと勘違いしてしまった(失礼!)。
しかし本の中身は至極真っ当である。声優の仕事の詳細を丁寧に書いているし、声優になりたいと思うならこれだけは心掛けよと叱咤激励する。特に声優たるもの、日本語能力の絶えざる涵養が求められるとの言葉には思わず膝を打った。声優を目指す人は本書第4章をじっくり読むべし。
それにしても俳優、表現者がどのようなものか、このことをきちんと突き詰めて解説する姿勢に感動した。さすがに30年以上もこの世界で活躍してきただけのことはある。カバーの「声で魅せる」もいいですね。と言いながら、この人の吹き替えを聞いたことがないので、一度アニメを見てみようか。そして声優世界の今日を肌で感じ取ってみようか。
なお、うっかり誤解をしてしまった「日本中の女子をお世話してきた」とは何か。142ページをご覧になればわかる。それにしても、あのお堅い岩波新書が方向転換をしている姿にもろもろの感想を抱くことしきりだった。
日本の戦後に大活躍した声優列伝をだれか書いてくれないか。ついでに、というのも失礼だが、吹き替えの世界で活躍してきた人々を取り上げてその経歴などをまとめた本が出ないものか。つまり例えば、額田やえ子さんをはじめとする吹き替え翻訳家の仕事ぶりをたどった本を読んでみたい。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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