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『万引き家族』の祝辞に表れた日本政府の無理解

歴代フランス大統領は作品内容に一歩踏み込んだコメントを出してきたのだが……

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

パルムドール受賞後、記者に囲まれる是枝監督カンヌ映画祭で最高賞の「パルムドール」を受賞後、記者に囲まれる是枝裕和監督=撮影・筆者
 前稿「是枝裕和『万引き家族』がカンヌで受賞した理由――有力メディアでのネガティブな意見も、圧倒的な好評の前に駆逐された」で書いたように、フランスでは、是枝裕和監督の『万引き家族』の受賞で大いに沸いた一方で、日本にとっては必ずしも誇ることのできぬ報道も一部あった。カンヌで最高賞のパルムドールを受賞したのに、安倍首相が祝辞を出さなかったことを疑問視するものだ。

 先鞭をつけたのは、中道右派の有力週刊誌ル・ポワンのサイトだ。

「カンヌ、TOKYOを困惑させるこのパルムドール」

 この記事は、日本政府がノーベル賞やスポーツのオリンピックメダル受賞者などにはすぐに祝辞を述べるのに、今回は受賞が伝えられた日、政府のスポークスマンや安倍首相からは一言のコメントもなかったこと、そして、翌日の月曜の記者会見で、菅義偉官房長官が記者からの質問に答える形で、祝福するにとどまったことを指摘している。

 その上で、『万引き家族』は(万引きや年金を不正受給する家族といった)三面記事からインスパイアを受けた作品で、安倍政権に導かれた政治に責任の一端があるような状況、つまりは分断された日本社会の有害な結果を告発するものと表現。さらに、これまで是枝監督が安倍政権や国の文化政策に対して苦言を呈してきたことも具体的に紹介し、パルムドールに対する政府の「塩対応」(そっけない対応)の背景を紐解いてみせた。
(注:こちらで引用した記事には「告発」という言葉が使われていますが、是枝監督に告発目的はないということは、念のため付け加えておきます。ぜひ是枝監督本人の言葉もご参照ください。とはいえ、東京在住のフランス人の記者さんが、フランスの媒体に記事を書いてくださった意義は大きかったと考えます)

 この記事に追従する形で、仏映画サイトの最大手アロシネや、右派・中道右派のル・フィガロのサイトでも、似た内容の記事が掲載されている。

「『万引き家族』、日本政府にとって迷惑なパルムドール」(ル・フィガロ)
「カンヌ2018、是枝のパルムドールは日本を困らせたか」(アロシネ)

是枝裕和監督『万引き家族』 (c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.是枝裕和監督『万引き家族』 (c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

映画は「コンテンツ」?

 フランスのフランソワーズ・ニセン文化大臣は、日本の政治家に先駆けて、授賞式直後の現地5月19日夜、いち早く是枝監督の受賞に対して祝辞を送っている。ちなみに筆者は日本政府がすぐに祝辞を出さないことに釈然とせず、ツイッターで、「ニセン文化大臣、日本の政治家の代わりに祝ってくれてありがとう」などと思わずつぶやいたが、21日に官房長官が祝辞を出したことを指摘され、削除した次第。とはいえ、菅官房長官のこの記者会見内の祝辞は、先述の通り、あくまで「質問されたから答えた」に過ぎない。その祝辞の内容も、大いに疑問が残るものであった。

 まず菅官房長官は質問を受け、一応は、「心からお祝い申し上げる」とは答えた。だがその後に、「映画をはじめとする日本のコンテンツの海外展開にも一層弾みがつく」「コンテンツの制作にはげむ現場の方々に対しても大きな励みになるもの」などと語っている。

 この短い受け答えの中で、「コンテンツ」という表現が二度も使われたのには違和感をもった。

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