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[書評]『宇宙ビジネスの衝撃』

大貫美鈴 著

井上威朗 編集者

背中をグイグイ押される痛快事例集

 私はサラリーマン編集者をやって、すでに四半世紀になります。

 周りを見ると、辞めて自分の道を行く人が年上にも年下にも大量に出現しています。そうした人たちに話を聞くと、すごいなあと思いながらも、なぜか自分もあとに続こうとは考えません。

 思えば25年くらい前、実用性皆無な座学ばかりの新入社員研修(そんなものが許された牧歌的な時代だったのです)で繰り返し叩き込まれたのは、「意に沿わない人事でも従順に従う」という価値観でした。

 リスクを負わなくていい代わりに、仕事を選ぶな、ということですね。たしかに、会社に命じられた仕事さえやっていれば、担当した本がバカ売れしても給料は増えないけれど、大赤字を出しても罰金を払わないでいい。いい気なもんです。

 こうした価値観をすっかり内面化して仕事を続けていたわけで、私はどうやら素直な人間だったようです。

 そんな素直な私が若いころ聞かされて信じた話が、「宇宙モノの一般書は売れない」というもの。ですが、まだ素直さが足りなかったせいか、ベストセラー作家とかを起用すれば行けるんじゃね?とばかりに企画を試みたこともあります。その企画、労作にして傑作だったのですが、結果は残念なことでした。

 ああやっぱりか、ということで、今度こそ素直に宇宙モノを作るのを諦めていたら、なんだか売れているっぽい本が出ているではありませんか。これは読むしかありません。

『宇宙ビジネスの衝撃――21世紀の黄金をめぐる新時代のゴールドラッシュ』(大貫美鈴 著 ダイヤモンド社)定価:1600円+税拡大『宇宙ビジネスの衝撃――21世紀の黄金をめぐる新時代のゴールドラッシュ』(大貫美鈴 著 ダイヤモンド社) 定価:1600円+税
 カバーソデにある著者の肩書きには、宇宙と名の付く役職が10個くらいずらっと並んでいます。どうやら宇宙関係で広報的なことをするプロフェショナルのようです。

 さらに巻末奥付を見ると、ブックライターとして圧倒的な実績を残されている上阪徹さんの名前が。これは読みやすい構成になっていること間違いなしです。

 本文より先に周辺情報を見てから安心して読みはじめるこの感じ、失礼ですみません。ですが期待通り、文系の身でも混乱する箇所はほとんどなく、楽しく一気に読むことができました。これは好著です。

 内容はタイトルにもあるとおり、これから宇宙はゴールドラッシュの舞台になる、という話。グーグルやアマゾンのような巨大企業から、誰とは言いませんが怪しい投資家まで、何千億円単位のカネを「宇宙」に突っ込んでいる。それは、ありとあらゆる領域で新しい商売がそこにあるからだ、というのです。

 そして本書がすごいのは、全編が「論より証拠」で満ちているところ。著者は豊富な取材成果をもとに、どんな商売が成立するのか、ひたすら並べてこちらを圧倒してくれます。

 なかには、ロケットを打ち上げるスペースポートには観光客が押し寄せるので誘致合戦が……みたいな、いやそれはちょっと、というネタも混じっています。普通の空港だって原子力発電所だって、同じようなこと言って誘致させようとしてたのを中年以上の人は覚えているんですから、ちょっと厳しい話ですよね……。

 ですが、全体としては「そんな商売も生まれるのか!」と驚くことばかり。たとえば宇宙服。これまで1着あたり数億円していたというのも知りませんでしたが、宇宙に行く人が激増すれば、もうちょっと安くていろんな機能・デザインの宇宙服も激増して、宇宙服だけで一大市場が誕生するそうです。

 ほかにも「小惑星に含まれる地下資源を測定して、その価値をランキングにする企業」とか、「宇宙エレベーターを実用化するために、その素材を試しに宇宙空間で数年間おっ立てて耐久性を調べる計画」とか、読むほどに「いやすみません、そんなこと考えもしませんでした」とカブトを脱いでしまう新商売の話が連発されてくるのです。

 なるほど、会社に命じられて仕事している自分のような人間から出てくる発想はどこにもありません。

 思うのですが、私やご同輩の皆様のような社畜的人間に「変化」をうながすのは、自己啓発書にあるようなもっともらしい説教ではなくて、本書に載っているような夢のある事例の数々なのではないでしょうか。

 こうした事例が本当に実現するかはわかりません。もとより私などがその当事者になるはずもありません。それでも、こうした話ばかりを読まされると、お前も何かやれと背中をグイグイ押されるような気がしてくるのです。

 読書の快楽の1つは、想像もしなかった新しい話を通じて背中を押されることにあるのですね。

 ということで私も新しいことを始めます。いや、別に会社は辞めませんが、宇宙ネタの本をまた企画してみようかな、と……。小さな夢で失礼しました。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在はまたWeb雑誌にて書評を担当。手がけた企画は竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』、本田透・堀田純司『メカビ』、斎藤貴男『「東京電力」研究 排除の系譜』(第3回いける本大賞)、古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』など。