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[書評]『花殺し月の殺人』

デイヴィッド・グラン 著 倉田真木 訳

高橋伸児 編集者・WEBRONZA

発掘されたアメリカの黒歴史から

 すぐれた小説を読むと、「事実は小説より奇なり」なんていう陳腐なフレーズに反論したくなるのだが、今から90年以上前の事件を描いたこの犯罪ノンフィクションの「奇」たるや、凄まじい。読んでいる途中で、これ小説じゃなかったよな、と確認したくなるほどだった。

『花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』(デイヴィッド・グラン 著 倉田真木 訳 早川書房)定価:2200円+税拡大『花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』(デイヴィッド・グラン 著 倉田真木 訳 早川書房) 定価:2200円+税
 事件のあらましはこうだ。

 1929年の世界大恐慌まで続く「狂騒の20年代」初頭、舞台はアメリカのオクラホマ州。先住民オセージ族の保留地で石油が採掘されたことから、彼ら部族は石油の分配金などで莫大な資産を得ていた。

 どの家庭も豪邸をかまえ、使用人を雇い、車を10台持つほどだった。だが、部族の女性と男性の射殺体が別々の場所で発見されたことをきっかけに、毒殺や爆殺など不審死が続く。「狂騒の20年代」は、この土地では「オセージの恐怖時代」と呼ばれるようになる。

 オイルマネーの利権をめぐる思惑、白人による部族への妬み、差別感情が交じる。先住民に英語を学ばせ、白人の生活様式をなぞらせる同化政策もからむ。登場人物の数もおびただしいが、先住民と白人の結婚が少なくないため、「人物相関図」が入り組み、「先住民対白人」という単純な対立構図におさまらない。事件の展開に厚みが増す。

 先住民たちは金を持ってはいたが、「後見人制度」によって財産を自由にできなかった。一連の事件は資産目当ての事件ではないか、とまでは推測できる。だが、キーパーソンかと思った人物が現れるや、病気で体が徐々に衰弱し死亡したりする。それがのちに毒物のせいだとわかる。また、ある人物が犯人ではないかと推理しているとあっさり死体となって見つかる。捜査当局に協力しようとした者が登場し、彼の尽力で一件落着かと思った途端に、事故死して……。

 誰が生き残るかわからないといった調子が、かつての人気ドラマ『大草原の小さな家』のような牧歌的な舞台で、延々と続く。しかも医者も弁護士も捜査官もが事件に関与しているかのような事態なのだ。あげくに関係者の番犬まで殺されて不気味さが加速される。被害者は24人。いずれにしても「紀州のドン・ファン」だの「和歌山カレー」だの「疑惑の銃弾」(古いね)などとは、おどろおどろしさのスケールがケタ違いなのである。

 さて、1925年夏、テキサスのレンジャーから転身した捜査官と、ワシントンにある司法省捜査局(BI)のフーヴァー局長を軸とした捜査が始まる。後にFBIの“創始者”として有名になる若きフーヴァーは捜査局を近代的に改革しようとして、指紋による鑑識技術など科学捜査に取り組む。ちなみに彼は、捜査官の勤務評定など人事評価も導入しようとする。これも「近代化」の一環なのだろうが、僕のような勤め人からすると、舌打ちしたくなるようなヤツなのだ。それはともかく、フーヴァーはこの事件を、自身の目標と野心の達成に大いに利用していく。

 ともあれ、紆余曲折の末、犯人グループは逮捕され、裁判にかけられ――この間、陪審員の買収やらがあって二転三転するのだが――刑務所行きになる……。ここに来て、事件がようやく収束したかと読み手の緊張感と重苦しさが緩みかけるのだが、あれ、3部構成のうちまだ2部が終わっただけじゃないか! 

 ここから一気に、時代は2012年。ジャーナリストの著者は、うらさびれた現地を訪れ、先住民たちの子孫などを取材してまわる。彼らはいまだ事件解決に執念を燃やしていた。そして著者が膨大な公文書や資料を入念に解読し、証言を集めていくと、どうやら殺されたのは24人どころではないことがわかってくる。ここから先はネタばれになるから詳細を書くのは控えたいが、結論めいた一文だけ引用しよう。

 「社会を構成するほぼすべての集団が、この殺人システムに加担していたのである」

 もちろんその「システム」の全貌は見えないままだ。これだけ後味が悪いノンフィクションも珍しい。しかも、これだけの陰謀が渦巻いた犯罪史上の大事件なのに、著者も2012年まで、学校で習ったこともなければ、アメリカ人もほとんど知らない、歴史から忘れ去られたかのような出来事だったというから驚く。

 アメリカの「黒歴史」を暴露した本書を元に、大御所のマーティン・スコセッシ監督が映画化するらしいから、この怪事件は世界的に知れ渡ることになるだろう。今も解決していないアメリカ先住民の諸問題に多くの「気づき」を与えてくれることにもなるはずだ。

 土地や財産をめぐる先住民と政権の対立はいまだ全米各地にある。先住民からとったニックネームと、彼らの顔を描いたチームロゴを持つプロスポーツ球団がいくつもある。チャンスになると、太鼓の音に合わせて観客が雄叫びをあげながら手斧(トマホーク)を振りかざす真似をして盛り上がるチームもある。いずれも先住民からかねて抗議されているが、「アメリカ人」たちの無自覚(無邪気?)には他人事でいられるだろうか。

 事件があった同じ頃、日本では関東大震災(1923年)が発生、朝鮮人虐殺があった。この事実を否定したり矮小化したりする声が増しつつあり、「在日」に「特権」があると批判する一群がいる。数年前、「北海道は開拓者の大地だ」と地元空港でPRして、抗議された末に撤回に追い込まれた球団もあった。どれもこれも、90年余も前のアメリカから地続きの事象としか思えない。怪事件におののくにとどまらない読後感を残す労作である。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・WEBRONZA

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』、中島岳志『秋葉原事件』など。