内田樹 編著
2018年07月09日
ここ数年、働く外国人をコンビニや居酒屋、工事現場で見かけることが急激に増えました。彼らの労働力なくして私たちの日常が成り立たなくなりつつある証左かもしれません。「移民問題」が語られることも多くなりました。
朝の時間に街を走るマイクロバスの8割は老人介護施設のもので、残りが幼稚園のバスだという印象すらあります。特別養護老人ホームに入所待ちしている老人の数は数十万にのぼるそうです。
何かが急激に変わり始めているのは確かです。しかし「少子高齢化」対策は何ら具体的でありません。「日本は世界に先駆けて人口減少社会に突入した」というテーマでこれまで書かれてきた本は、人口の激減によって、この国が消滅するかのような論調が目立ちます。
しかも一昨年(2016年)翻訳が刊行された『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、池村千秋訳、東洋経済新報社)の衝撃的な予測によって、私たちは「人生100年時代」に突入したことを知りました。「定年」をテーマにした書籍が爆発的に売れているのも、シニア層を中心にライフデザインを変更しなければならないことを悟った世代がいるからだと思います。
『人口減少社会の未来学』(内田樹 編著 池田清彦、井上智洋、小田嶋隆、姜尚中、隈研吾、高橋博之、平川克美、平田オリザ、ブレイディみかこ、藻谷浩介 文藝春秋)
なぜこんなに唐突に「少子高齢化」が問題となったのか。人口減などはもっと以前から十分に予想できたことではないか。内田は次のように日本人の性向を分析します。先の大戦において最悪の事態を想定したシミュレーションを行い、対処法を考えることが全くなされなかったことを例に挙げ、起こる確率が低い破局的事態は「考えないことにする」という思考の慣性が働くからであると結論づけるのです。残念ながらその通りだと言わざるを得ません。
執筆者の一人、1956年生まれのコラムニスト、小田嶋隆が書いているように、今の60代が子供だった時代には人口が過剰になることに対して警鐘が鳴らされていました。「20世紀が終わるほんのすこし前までの何十年かの間、わたくしども日本人は、もっぱら人口爆発と食料危機とエネルギーの枯渇を心配していた」と書いています。実感的にはその通りであったのです。
本書では人口が減少していく社会をどう捉えるべきか、そしてどういう対策を打つべきかを、執筆した11人がそれぞれ専門の立場から論じています。
文化史的なアプローチもあれば、政治学的、経済学的、そして生物学的な見解もある。建築家や演劇人、海外在住のライターの分析と提案もある。本書は一つのテーマをこれだけの多士済済の書き手があらゆる切り口で縦横に論じていながら、不思議に統一された読後感とでもいうべきものが残ります。これは珍しいことではないでしょうか。しかも、よくありがちな強迫的なディストピアの提示ではない極めて冷静な未来学であることは重要だと思います。
AIの発達がこの社会にもたらす大きな変化を指摘する記述も多い。雇用の問題やベーシックインカムについてもそれぞれの考えが述べられています。人口減だけではなく、同時に起きるさまざまな変化についての考察も大変参考になります。
虚を突かれるような指摘もあります。人口が順調に増えているという東京都ですが、藻谷浩介によれば「だがこうして起きている東京の急速な人口増加も、実はもっぱら『高齢者の増加』なのである」という記述には驚きました。逆に2020年以降の日本では、それこそ世界に先駆けて高齢者の絶対数の増加が止まりますが、欧米ではなお増加が続き、中国、韓国、台湾では欧米を上回る急増が続くといいます。
少子化の原因はなにか。どんな社会の構築が可能なのか。他の国ではどうなのか。移民は人口を増やすか。地方創生は可能か。そして安全保障はどうなるのか。本書では初めて読むと言っても過言でないほど多様で具体的な提言と見解が披露されています。確かに未来は予測不可能であるにしても、決して暗い未来だけが待っているのではない。そう読後に感じることのできる示唆に満ちた一冊です。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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