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山形県鶴岡にて――循環と還元の世界に生きる

「地元の人は、山菜が群生しているところを“畑”って呼ぶんです」

丹野未雪 編集者、ライター

山間の清流で山菜の「熱」を冷ます成瀬正憲さん(奥)と友人拡大山間の清流で山菜の「熱」を冷ます成瀬正憲さん(奥)と友人=撮影・筆者

 5月のおわり、新緑と残雪が同居する山で友人たちと山菜採りをした。

 案内してくれたのは、山形県鶴岡に住む山伏、成瀬正憲(なるせ・まさのり)さん。野草やきのこなどの採集と流通、地元の手仕事をリデザインするといった地域に根ざした経済活動のほか、山伏の知見を生かしたプロジェクトを企画実施している。隣接する酒田市の東北公益文科大学で文化人類学の講義もする。ずばり、才人。

 山菜採りに向かった山は、成瀬さんがかよう月山山系。ガードレールの上に繁茂するなんの変哲もない茂みを抜けると、木々がまばらに生え落葉が堆積するすり鉢状の場所があった。目の前の木には、熊の爪痕。ひょえー。

 日当たりのよい高い位置に良質なウドは生えている。見上げると群生している場所があって、急斜面を登った。大きめのものを3本ほど採集して、せっかく登ったのだしと、しばらく座った。ふかい腐葉土の上にいたからかもしれない。わたしは一条ふみ(いちじょう・ふみ)のことを思い出した。

 農業の世界でこそ循環と還元の世界ができると、私は思っていたのに、そうじゃなかった。それじゃ何だと考えていったら、農業以前の世界だったと。(中略)そして雑木林の中で自分の座るくらいのところの周りに落ち葉のしとねじゃないけども、そこを耕やさずにというか、自分の食べるくらいのなにかを植えてと、そういうところをわたしは求めていたんですよ。つまり、農耕に入る以前ていうか、いや、そんな理屈でもなくて。(一条ふみ『ふみさんの自分で治す草と野菜の常備薬 改訂新版』自然食通信社)

 一条は、代用教員、農業など数々の仕事に就く傍ら、農村女性たちへの聞き取りを続け、「むぎ」、「生き残り運動」といった生活記録文集を編集発行した。山の農場と都市を行き来するなかで、「もはやそういう時代ではない」といわれながらも、幼い頃身近にあって覚えた野の草の知恵を捨てずに生きた。盛岡市内の病院で闘病生活を送り、2012年に死去。15年間にわたって循環型農業の実践に取り組み、挫折を経験した一条が残したのがさきほど引いた言葉だ。

 自分の食べるくらいのなにかがある、農耕に入る以前の状態。それは、こういう場所のことではないのか。

たまたまそこにあった場所

 まだ誰も知らないわたしの思いつきに、まるで応答するかのように成瀬さんがいった。 ・・・ログインして読む
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筆者

丹野未雪

丹野未雪(たんの・みゆき) 編集者、ライター

1975年、宮城県生まれ。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。著書に『あたらしい無職』(タバブックス)、編集した主な書籍に、小林カツ代著『小林カツ代の日常茶飯 食の思想』(河出書房新社)、高橋純子著『仕方ない帝国』(河出書房新社)など。趣味は音楽家のツアーについていくこと。