「変わらぬキューバ」が教えてくれること
2018年07月19日
もう3年もが経とうとするが、2015年の半ばから約1年間、WEBRONZAで、キューバからの現地リポートをさせていただいた。私はその後もキューバに住み続け、そして今もハバナから発信している。まさに、激変の3年以上を見続けてきたことになる。
オバマ大統領が訪キューバし、同じ週にローリング・ストーンズがハバナで無料コンサート(!) をし、観光客は激増して市街地に溢れるほどで、「ガイドブックが役に立たない!」と嘆く旅人は、それまでには考えられないほどに高騰した宿代を支払いながら、「キューバ見物」をして帰って行った。
あの時代にキューバを見に来た人たちは、なにを思って帰国したのだろうか?
ある意味、貴重な体験だったともいえる。何度もこの国を訪れたキューバの重要なエポックの一つを目撃したのだから。しかし、だからと言ってキューバの何がわかるだろうか? 特別な時代、そう、それは間違いなかった。
2016年も押し詰まった11月になり、フィデル(・カストロ)がこの世を去った。追いうちをかけるように、米国では「国交正常化」に尽力したオバマ政権からトランプ政権に代わってほどなくして対キューバ政策にも陰りが出てしまった。今、ここでそれらについて詳しく語ることはできないが、「こんなに早くも再びの変化が来るのか?」というのが実感だった。
キューバに来られたい皆さま、焦らなくて大丈夫です。今のんびり来たら「変化する前のキューバ」がまた見られます、というのもちょっとシニカルすぎる表現か。ただ、大きな花火が揚がった前と後ではまた微妙な変化があるにはあるに違いない。
だが、今日の原稿は、そのことについて書きたいのではなかった。
少しも変わらぬキューバの魅力を伝える、確たるものがこの国にはあった。
「アディオス」である。なにかといえば、あの18年前に世界を沸かせた「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ=以下BVSC」。なんとも魅力的な高齢の音楽家たちが、キューバの音楽をひっさげて世界を廻り、それまで「未知の国」と感じていた人たちに、キューバの最高の部分を見せた感動の音楽と映画だった。
世界的なブームが落ち着いた後も、彼らはずっとキューバで、時には海外で同じく演奏を続けてきた。しかし、もともと高齢だった彼らも、一人去り、二人去り、今はオリジナル・メンバーの中の4人が残るだけとなる。そして今、もうこれで「BVSC」としてのツアーは終わりにするのだという「アディオス=さよなら」版の映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』が公開される。
私事になるが、実は18年前、すでにキューバに通い続けていた私は、BVSCの面々全員とハバナで会い、インタビューし、プエルト・リコとNYのコンサートに同行する、というこの上ない幸せな経験を持つ。皆に「羨ましい、いいですねぇ」と言われたが、もうそれは間違いなく、素晴らしく、他に類をみないほどに幸せ感をもたらしてくれた取材だった。
そして、18年後のこの映画。正直言って、期待と同時に不安もあった。いったいどんな「アディオス」をくれるのだろうか? それは嬉しくも、見事に期待に応えてくれるものだった。
「BVSC」第1弾では、なにもこの国に予備知識のない人々にも伝わる、キューバ音楽の素晴らしさ、熱さ、なにより、高齢になってもなお衰えることを知らない瑞々しい情熱や、温かく血の通った音の心を教えてくれ、そして、それに感動する米国人のギタリスト、ライ・クーダーや、映像を通してこの国を知る悦びを伝えるドイツ人の監督ヴィム・ヴェンダ―スらの視線が、より真実味を増して伝わってきた。
今回の「アディオス」版では、微妙にスタッフが交代しつつも、前作の意識の上に、さらに突っ込んだ取材と編集がされている。以前には映画に反映されていなかった、貴重な「語り」のシーンが見られるのもフレッシュな驚きだ。
まず、映画の冒頭近くで描かれるキューバの歴史。モノクロームのリアルで貴重な過去の映像。この歴史の上に今のキューバがある、ということを見事に知らしめてくれる。見たこともないドキュメント・フィルムに、思わず身を乗り出す。また、米国人も多い映画のスタッフが、革命に湧くキューバ国民の姿を映画に生かし映し出しているのも興味深い。
社会的な歴史だけではなく、音楽家たちの過去もあらたに知ることが多く、驚きの連続であった。「えっ、あの人とこの人が、ずっと昔にこんなふうに演奏していたの?」という面白さ。また、前作と同様に「語り」もあるが、その部分も以前とは違うスポットのあたる部分があり、興味深かった。
以前は自らの父親が有名な野球選手で、もちろん米国で活躍したわ、と少し自慢気に語る気位の高さも見せていたが、まるで別人のように、「悲しい家庭の過去の思い出」を語る。かえって心の内側を見せてくれるようで感銘を受ける。
また、今のキューバでは、とても考えられないほどに、かつて人種差別が酷かったことも、この逸話によって知らされる。革命が「変えた」一端でもあった。
さらには、最高齢で、インパクトもすさまじく高かった、コンパイ・セグンドの過去の姿。
実力派のエリアデス・オチョアが、かつてコンパイと一緒に演奏していたことも、旧いフィルムとともに知らされる。「大先輩(コンパイのこと)からのお誘いだったんだよ」と語るのも新鮮。また、この二人がある曲についてリハーサル中、音楽的意見の相違で対立するところも見ものだ。
「僕は40年歌っているんだ」と言うエリアデス。それに対して「僕は90年だ」というコンパイのセリフには笑える。明らかに「写されていること」も意識する、「受ける」やり取りだ。しかし、ステージ上でそのさわりの部分を歌いながら、仲良く、意味ありげな視線を交差させる姿にも「そうだったのか」と納得がいく。
4人を残して、一人、また一人とこの世を去る時の姿、直前まで歌い続けていた姿も映しだされる。紅一点の歌姫、オマーラさんと、なんと50年もの友情=愛情が続いていたイブライム・フェレール。この二人のデュオの姿がこの映画の感動をさらに深めていたことは間違いない。イブライムが去った後に、悲しみに打ちひしがれながら、ステージで歌う、歌姫、80歳代。決して演出でもなんでもない、深い悲しみと追憶の感情があふれ出す。しかし、彼女も歌うことはやめない。本当に「アディオス」なの? 映画を観ながらも皆が、終わらないで、という拍手を惜しみなく捧げることだろう。
様々な意味で、映画の中に華を添え、深めてきたオマ―ラさん。BVSCに限らず、何度もの来日を果たしてきたが、今年(2018年)3月には、東京のブルーノートと、六本木のEXシアターで、多くの観客を動員して素晴らしい声を聴かせてくれた。
その歌声と、その心=コラソンは「過去最高の出来栄え」という賛辞も多く聞かれたし、私自身の耳も、同様な感動を覚えた。年齢を口にしすぎるなんて愚かなことだとは知りつつ、齢87歳にして過去最高のステージ? それはまた、なかなかにあり得ない快挙でもあるし、人はいかに生きることができるのか、という重要なテーマも見せてくれるものだった。これは、すべてのBVSCの面々に共通するものでもあるし、「変わらぬキューバ」が教えてくれるものでもあった。
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』
7月20日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
配給:ギャガ © 2017 Broad Green Pictures LLC
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください