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[書評]『漢文研究法――中国学入門講義』

狩野直喜 著

小林章夫 帝京大学教授

碩学が語る入門書の凄さ

 今から50年前、大学受験の勉強にいそしんでいた(?)とき、小西甚一『古文研究法』、小林信明『漢文研究法』の2冊には随分教えられることが多かった。ただし熱心に読みふけった割に、入試の点数はもう一つだったように思う。今回『漢文研究法』なる書名に惹かれたのは、その頃の思い出がよみがえったからか。

『漢文研究法――中国学入門講義』(狩野直喜 著 平凡社東洋文庫)定価:本体2900円+税拡大『漢文研究法――中国学入門講義』(狩野直喜 著 平凡社東洋文庫) 定価:本体2900円+税
 しかし今回手にした書物は、漢文というより中国で書かれた多種多様な書物、典籍をいかに研究するのかを語ったものなのである。おまけに入門講義と題しながら、極めて高度な内容で、ついていくのに四苦八苦して、酷暑の夏がますます堪(こた)えた。

 本書は今から100年前、京都大学の碩学である中国学者狩野直喜が京都で行った一般向けの5回に及ぶ講義をまとめたものである。これに加えて「経史子概要」、「漢文釈例」などを収め、狩野直禎による校訂、古勝隆一の「『漢文研究法』を読む」という解説を含んでいる。

 これを読んでまず驚いたのは、入門講義どころか、ありとあらゆる中国の文章をいかにして解読するか、その次第を語る講演だったことである。この講演を聴講した人の中には漢文の先生も多くいたそうだが、「秩序的に漢文を研究する方法」を教えようとするこの講義があまりにも高度であったため、なかなかついていけなかったらしい。

 もちろん評者もこの方面に疎く、猛暑の夏に必死で読み続け、読了後には体調を崩したほどだった。それでも稀に見るいい読書体験だったのは事実である。特に「漢文によって綴られた典籍」を研究するには、まず「如何なる典籍があるか」を知ることで、その上でこれらの典籍の内容を正確に理解することだと喝破している点に心を打たれた。近頃の文学研究が作品そのものをないがしろにして、気の利いたセリフのみで御託を並べている風潮に辟易していたからである。

 しかし本書を読み進むにつれて、中国学なるものが途方もない数の典籍の上に成り立っていることを知って、天を仰ぐだけだった。何しろ数万を超える典籍に加えて、時代ごとに偽書が山ほど出てくるというのだから、中国4000年の蓄積は計り知れないのである。

 もちろん典籍を調べる手がかりとして目録が編まれてはいるが、その目録が大部極まりないのである。いや、それだけではない。中国では、先人の残した文章を引用符に入れることなく、黙って自分の文章に取り入れてしまうそうだから、見極めをつけるのが大変だという。

 この講演の各回の最後には「文献目録」が載せられているのだが、日本で出されたものはもちろん、中国で出版されたもの、おまけに欧米で編纂されたものも含まれている。しかも、著者が「漢文」と一括りにしているものは、歴史、哲学、文学すべてを網羅しているのだから、中国研究者はこの中から自分が研究するものを探し当てなくてはならない。その意味で詳しい文献目録が必須となるわけだ。ああ、こちらに進まなくてよかった。

 それにしても京都大学からは、内藤湖南、本書の狩野直喜、そして宮崎市定という途方もない碩学が出ているのだから、今どきの学問とはスケールが違うのである。それがわかっただけでも酷暑の夏の読書としては得るものが多かった。

 最後に一つ、この書が成るにあたっての詳しい解説が読みたかった。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。

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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

小林章夫

小林章夫(こばやし・あきお) 帝京大学教授

専攻は英文学だが、活字中毒なので何でも読む。ポルノも強い、酒も強い、身体も強い。でも女性には弱い。ラグビー大好き、西武ライオンズ大好き、トンカツ大好き。でも梅干しはダメ、牛乳もダメ。著書に『コーヒー・ハウス』(講談社学術文庫)、『おどる民 だます国』(千倉書房)など、訳書に『ご遺体』(イーヴリン・ウォー、光文社古典新訳文庫)ほか多数。