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「1968」の敗北を経て見えてきたもの

学習塾、市民との読書会、ヘーゲルの翻訳……。在野の哲学者が語る闘争後の日々

長谷川宏

――粘りをみせた。 

東大の安田講堂攻防戦=1969年1月18日 拡大東大の安田講堂攻防戦=1969年1月18日
69年の途中あたりからかな、闘争委員会での議論そのものが面白くなって。前にも言った通り、内外のいろんな人たちが集まるようになってきた。

 日米安保やベトナム反戦、沖縄といった、大状況の政治に向き合うことが変革、ひいては革命に貢献するのか。それとも学内の問題という小状況に取り組むほうが、充実した闘いなのか。文学部の院生は、後者が多かったですけどね。本質的で、面白い議論でした。

 必ずしも大所高所の話ばかりでもなかったんです。たとえば研究室のバリケードの中で麻雀をしていいのかどうか、部屋の整理整頓はどうするか、といったトリビアな話題も、きちんと議論しようとすると、面白い。あるいは、研究室の本、どうするんだと。売っちゃおうか、という意見まで出てくる。それにかかわって、研究室の成り立ちは? 目的は? そもそも図書とは?とかへと議論が広がる。

 一方で、議論は面白いけれども、それで本当に実効性のある闘いになるの?という問いも出される。

 話に広がりが出てくると、それまであまり話題に参加できなかった学生たちも、口を開きやすくなったようです。話題にも話しかたにも変化が出てきて、興味がふくらんでくる。

 そういう、いきいきとした議論を引っ張っていく人が、何人も出てきた。話の展開を聞いていて、本当に、おーっと驚くようなところがあった。 

「これ以上無理」とバリケードを解除

――そうした果実をもたらしながら、最後まで残っていた文学部でも10月には授業が再開された。12月にはバリケードを自分たちの手で解除したのですね。

 教授会との折衝で押したり引いたりしても、展望がみえなくなっていきました。警察当局からすれば、東大の学生、院生なんて、しょせん、やわな集団ですから、早朝の授業強行再開にも本富士署から機動隊員がせいぜい10人しかこない。こっちは30人。ほかの学部ではとっくに平常が戻っていて、学内の雰囲気が、政治の介入も仕方ないというふうになっていった。

 バリケードをやめたのは、これ以上無理だと見極めたからです。心残りではあったけれども、ストライキを続ける意味が見出せなかった。自己否定から、新たに構築すべきものが何か、イメージををつくり出すことができなかったんだろうと思う。

 あとは、各自が自分なりに進む道を見つけるしかないということになった。研究室に帰る人は帰る。帰らない人はほかに道を見つける。そうやって、それぞれの態度を確認して。

敗北ではあったが、挫折ではない

――長谷川さんが運動に飛び込んでから、ちょうど1年。岐路に立たされた。

 まあ、それほどの岐路でもないですよね。大学にいたんだし、東大ですから特権的だった。岐路というなら、むしろ岐路に立つように、自分で仕向けたところがある。

 僕は、大学とは違う道で生きる面白さを予感していて、アカデミズムを去ることにあまり迷いはなかったかな。一体何のために自分は研究を続けるのか。もやもやと考え、すっきりしないものが残っていたので、「帰らない」という選択を自分の中で強く推し進めました。

――敗北、あるいは挫折なのか。ご自身はどうでしたか。

 自分たちが大学当局に突きつけた要求項目が通らなかったという意味では、間違いなく、敗北です。闘争後に「文学部闘争――敗北の総括」という文章を書きました。冒頭に「敗北の十二月は……闘争をたたかった者のこころのおくふかくにかくされた暗渠である。暗渠にはつよいひかりがあてられねばならない」という一節がある。気負った文章で、いま読むと恥ずかしいんですけど。

 だから、敗北ではあるけど、挫折というのは、ないな。様々な体験を通して発見があり、獲得したものが、はるかに大きかったですから。 

学習塾をはじめて変わったこと……

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筆者

長谷川宏

長谷川宏(はせがわ・ひろし) 

1940年、島根県生まれ。58年、東大文科一類入学。文学部哲学科に進み、68年、大学院人文社会系博士課程満期退学。70年、大学を離れて埼玉県所沢市で学習塾を開く。単著に『ことばへの道』『ヘーゲルの歴史意識』『黒田喜夫―村と革命のゆくえ』『同時代人サルトル』『丸山眞男をどう読むか』『初期マルクスを読む』『日常の地平から』『日常を哲学する』。共著に『魂のみなもとへ』(谷川俊太郎との共著)など。2015年、古代から近世までの美術、文学、思想をたどった『日本精神史』(上下巻、講談社。パピルス賞)が話題に。訳書に『精神現象学』(ドイツ政府から、レッシング翻訳賞)をはじめ、ヘーゲル、マルクス、フッサール、アランなど多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです