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1968年から50年、いま何を考える

身近な課題に向き合い人生を切り開く。対話の意思を伝える。在野の哲学者が得たもの

長谷川宏 哲学者

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 「1968年 全共闘とは何だったのか?」「1968」の敗北を経て見えてきたもの」に引き続き、ヘーゲルの翻訳やエッセイで知られる哲学者の長谷川宏さん(78)のお話を聞く。最終回の今回は、1968年からの50年間の長い思索の旅を改めて振り返りつつ、今の政治や世界情勢について語っていただいた。(聞き手 朝日新聞論説委員・藤生京子)

学び、語り合い、多様な見方を身につける塾

――塾の1期生が、還暦を迎えたそうですね。

 「赤門塾」という名前は、東大を去ったお前の思想と矛盾するじゃないかと、よく言われました。その通りで、さしあたり生活のためだと、説明してきた。

 ただ、いい学校・いい会社というコースに乗るための進学塾ではありません。一人ひとりの個性を尊重し、子供たちには自分なりの生きかたを見つけてほしい。そのためにカリキュラムにとらわれず学び、語り合い、多様なものの見方を身につける――。まあ、そんなふうなことを目指してやってきました。その意味で、「赤門」は半ば反語的なニュアンスもあって、悪くないのかな、と。

 もちろん、進学したい子は応援します。優秀といわれる大学に進んだ子も何人もいる。全体としていえば、いわゆる社会的に成功した生徒は多くありませんが、それぞれにいろんな人生を歩んでいる。失敗もあっただろうし、私生活での苦労も小さくないでしょうが、よく耐えて生きていると思います。

 最近の若者は、独立起業したり、農業を始めたり、ほんとうに自分がやりたいことを模索して新しい働き方をする人が増えているでしょう。そうした潮流を、多少、先取りしてきた部分はあるかもしれない。

――長谷川さんの全共闘体験を受け継いでいる?

 それはどうかな。バリケードの中のことや僕の体験を、ことさら話してきたわけではないですからね。子供たちも、それほど関心はもたなかったと思うし。

 ただ、このおっちゃん、なんでこんな生き方してるんだろう、というふうに、興味をもつ子はいたようです。うちの子も通う地元の学校で教師の暴力が問題となったとき、学校にかけあったりもしましたからね。その意味では、社会や学校に対して多少とも批判的な関わりかたをしていたわけで。「おっちゃんが行くと、あの暴力教師、おとなしくなるんだよ」と感心されることもありました。

 先生と生徒の関係とか、教える・教えられるということの意味とか、自分が正しいと思うことを主張することの大切さとか。そういう話を、とてもゆるやかなかたちでしてきたとはいえるかもしれません。

価値観の押しつけはしてはならない

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筆者

長谷川宏

長谷川宏(はせがわ・ひろし) 哲学者

1940年、島根県生まれ。58年、東大文科一類入学。文学部哲学科に進み、68年、大学院人文社会系博士課程満期退学。70年、大学を離れて埼玉県所沢市で学習塾を開く。単著に『ことばへの道』『ヘーゲルの歴史意識』『黒田喜夫―村と革命のゆくえ』『同時代人サルトル』『丸山眞男をどう読むか』『初期マルクスを読む』『日常の地平から』『日常を哲学する』。共著に『魂のみなもとへ』(谷川俊太郎との共著)など。2015年、古代から近世までの美術、文学、思想をたどった『日本精神史』(上下巻、講談社。パピルス賞)が話題に。訳書に『精神現象学』(ドイツ政府から、レッシング翻訳賞)をはじめ、ヘーゲル、マルクス、フッサール、アランなど多数。