メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

1968年から50年、いま何を考える

身近な課題に向き合い人生を切り開く。対話の意思を伝える。在野の哲学者が得たもの

長谷川宏 哲学者

長谷川宏さん拡大長谷川宏さん

――全共闘の話よりも。

 そう。僕らの価値を押しつけるようなことがあってはならない。その点はとても肝心で、心してきました。

 付け加えると、あの時代や運動を経験、通過した当事者同士だからといって、話が通じる、というほど事は簡単ではないですからね。

――というと?

 所沢に住み始めた1970年代、わが家にはいろんな人たちがやってきた時期がありました。カミさんも僕も人づきあいが好きだったし、外の人から見れば、ここに来ればお酒が飲めるということで、来やすかったんでしょう。元の運動仲間もいたし、僕が雑誌「現代の眼」なんかに書いた文章を読んでくれて、訪ねてきた人もいた。運動を続けている人も、挫折した人も、いろいろ。

 それでいっぱい議論して、面白い人もたくさんいたんだけど、意外に話が通じにくいと思ったのも事実なんですよね。経験も違えば、現在の生活も違う。つまり、政治的な思想の近さが人と人とを結びつけるわけじゃない、ということ。5年くらいで、そういうつきあいは急速に減っていきました。

 それでいえば、最近よくうちに泊まりにくる塾のOBがいる。希望する高校に入れず、やむをえず自衛隊に入った男の子なんだけど、不安定な世界情勢や、集団的自衛権を認める安保法のことなどが気にかかって、あるときこう言ったんです。「おれはおまえが、人を殺すのも、人に殺されるのもいやだ。どこかで自衛隊をやめる決意をしてほしい」と。そうしたら、彼は「おれ、やめないよ」と、きっぱりとした返事で。

 でも、長いつきあいがそれで疎遠になってしまうわけではなく、以前と変わらぬつきあいが続いているんですよ。

――いいですね。そこで即座に「やめる」といったら、歯ごたえないですもんね。

 うん、互いに自分の考えを持ちながらつきあっているのがいい。彼の場合、自分の意見をはっきり持ちつつ、他方では、僕が何でそう考えるのか、真意を聞こうとしていたようです。その態度から、あっ、自分の言うことが多少とも伝わっているんだな、とわかった。

 うまく対話ができていたわけではないし、得意気になっていう話ではないですけど、たとえかみあわなくて、ときに口げんかになることがあっても、あきらめず話を続けていけたらいいなと思いますね。ほんとに、そう思う。対話しようとする意思が相手に伝わること、意思を伝えることが、大切ではないかな。

僕の中にある、議論することへの安心と信頼

――日本でも世界でも、「分断」がキーワードになっています。居場所のない人が増え、孤立がいろんな事件を引き起こしている、ともいわれます。対話への努力は、ますます大切だと思えますね。

 本当に。自分もできるだけそう動きたいし、周りもそう動いてほしいと思いますね。

 全共闘の運動の中で、リンチを受けて復讐心に燃える友人に対して、報復のリンチはしない、してはいけない、と強く主張したことがあります。その場での相手の不満感、不信の情は痛いほど分かりましたが、しんどくても、難しくても、言うべきことは言わねばならぬ、とこっちも必死でした。

 繰り返しになりますが、議論することへの安心と信頼が、僕の中にある。それはやはり、運動を通じて得たものだといえるでしょうね。

日本の1968年については、この10年あまり、全体像をつかもうとする研究などが少しずつ出てきた。運動が起きた時代背景、社会構造の分析、そして新たな問いと社会運動が生まれる助走期間でもあったというふうに、意義も見いだされている。一方で、運動の敗北がその後の社会全体のシラケを生んだとか、個人的にもその後の人生がうまくいかず挫折になった、といったネガティブな評価も少なくない。

大きかったアカデミズムを離れた解放感

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

長谷川宏

長谷川宏(はせがわ・ひろし) 哲学者

1940年、島根県生まれ。58年、東大文科一類入学。文学部哲学科に進み、68年、大学院人文社会系博士課程満期退学。70年、大学を離れて埼玉県所沢市で学習塾を開く。単著に『ことばへの道』『ヘーゲルの歴史意識』『黒田喜夫―村と革命のゆくえ』『同時代人サルトル』『丸山眞男をどう読むか』『初期マルクスを読む』『日常の地平から』『日常を哲学する』。共著に『魂のみなもとへ』(谷川俊太郎との共著)など。2015年、古代から近世までの美術、文学、思想をたどった『日本精神史』(上下巻、講談社。パピルス賞)が話題に。訳書に『精神現象学』(ドイツ政府から、レッシング翻訳賞)をはじめ、ヘーゲル、マルクス、フッサール、アランなど多数。