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『手をなくした少女』ローデンバック監督に聞く

たった一人ですべての作画を描き切る

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

© Les Films Sauvages – 2016© Les Films Sauvages – 2016

 8月18日、『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』が公開された。原作はあまり知られていないグリム兄弟の童話『手なしむすめ(娘)』である。

 貧しい生活に耐えかねた父親は、悪魔との契約によって黄金を手にするが、その代償として娘を差し出すことを求められる。清らかな涙で両腕を濡らした娘に近づけない悪魔の命令で、父は娘の両腕を切り落とす。少女は悪魔からも父からも逃れるために家を出て放浪する。少女は旅先で精霊に導かれ、王子と出会う。物語は、その後も悪魔に翻弄されながら幸福を求める少女の逞しくも壮絶な半生を綴る。

 フランスのセバスチャン・ローデンバック監督が一人で作画を担い、3年間を費やして完成させた。膨大な手間暇と資金が不可欠な長編アニメーションは集団制作が大前提であり、前代未聞の快挙と言っていい。

 その作画様式は通常のセルアニメーションとも3D-CGとも全く違う。人物も背景も全て色分けされた線描で描かれ、線の内側はざっと1色塗られた程度で、隙間が透けていて背景と溶け合っている。線描のみで身体が透けているシーンも多い。線の勢いや掠(かす)れを活かし、空間も人物も現れては消える大胆で画期的な作画技法だ。その省略と強調は絶妙であり、全てが描かれていない分、観る者の想像を喚起させる。お伽話の枠組に収まることなく、暴力や排泄や性的描写にも踏み込み、躍動する少女の肉体が時に荒々しい筆致で描かれている。アニメーションの可能性を押し広げる必見の快作である。

© Les Films Sauvages – 2016© Les Films Sauvages – 2016

 筆者は、2017年3月の東京アニメアワードで本作が国内初上映された際に司会を務め、以来ローデンバック監督と連絡を取り合い取材を進めて来た。ローデンバック監督のテーマの掘り下げと技術的試行錯誤は切り離せないものであり、語られる内容は実に興味深い。作画・撮影・カラーコーディネイトの技術的特徴から、故高畑勲監督や片渕須直監督作品に対する敬意まで広範に伺った。

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』
2016年/フランス/76分 原題/La jeune fille sans mains 
監督/セバスチャン・ローデンバック 原作/ヤコブ・L・C・グリム、ウィルヘルム・C・グリム「手なしむすめ」 脚本/セバスチャン・ローデンバック 編集/サンティ・ミナーシ 音楽/オリヴィエ・メラノ
〔声の出演〕少女/アナイス・ドゥムースティエ、王子/ジェレミー・エルカイム、悪魔/フィリップ・ローデンバック、庭師/サッシャ・ブルド
8月18日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開中
© Les Films Sauvages–2016 
公式サイト
セバスチャン・ローデンバック Sébastien Laudenbach
1973年、フランス北部生まれ。国立高等装飾美術学校卒業。現在は同校で教鞭を執る。主な作品に短編『JOURNAL』(1998年、クレルモンフェラン映画祭Youth賞受賞)、『DES CALINS DANS LES CUISINES』(2004年、セザール賞最終選考)、『REGARDER OANA』(2009年、アヌシーおよびクレルモンフェラン選出)、『VASCO』(2010年、カンヌ国際映画祭批評家週間上映、2012年のセザール賞最終選考)、『DAPHNÉ OU LA BELLE PLANTE』(2015年、シルヴァン・デロインと共同監督、エミール・レイノー賞受賞)、パリ国立オペラのウェブサイト用作品『VIBRATO』(数々の映画祭で上映)。初の長編作品『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』(2016年)で、東京アニメアワードフェスティバル長編部門グランプリ、アヌシー国際アニメーション映画祭審査員賞・最優秀フランス作品賞などを受賞。現在2作目の長編『Linda veut du poulet!』を制作中。
フィルモグラフィー
1998年 JOURNAL
2004年 DES CALINS DANS LES CUISINES
2006年 Morceau
2009年 REGARDER OANA
2010年 VASCO
2012年 XI. LA FORCE
2014年 Un accident de la chasse
2015年 DAPHNÉ OU LA BELLE PLANTE
2015年 OSN
2015年 OBET
2015年 Droit et Gauche
2016年 大人のためのグリム童話 手をなくした少女/La Jeune Fille sans mains
2017年 VIBRATO
2018年 Dominique A “Toute latitude”, “Aujourd'hui n'existe plus”, “Se décentrer”,“Cycle”

紙に手で描く、昔ながらの作画へのこだわり

――本作は別の長編企画として7年間も準備作業が行われていたと聞きました。まず、その経緯から伺えますか。

2017年年3月12日 東京アニメアワードフェスティバル・池袋 新文芸坐にてセバスチャン・ローデンバック監督=2017年年3月12日、東京アニメアワードフェスティバル(池袋・新文芸坐)にて 撮影・筆者
ローデンバック はじめはグリム童話の「手なしむすめ」を題材とした演劇作品をアニメーション化するという企画でした。2001年から2008年まで「フォリマージュ」(フランスの古参アニメーション制作スタジオ)で準備作業が行われていたのですが、結局実現しませんでした。

――2013年から本作の制作に取りかかり、完成までに約3年間費やされたそうですね。

ローデンバック 一度企画が頓挫した後、何とか制作を継続させる方法を探していたのですが、2013年に私の妻がアーティストの創作活動を支援するローマのレジデンスに合格し、1年間イタリアに滞在出来ることになり、私もそれに同行しました。そして、一人でこっそりとこの作品の作画を始めました。プロデューサーもいない、アシスタントもいない、完成の目処も立たない状態でしたので、ストーリーボード(絵コンテ)も描かず、物語も自由に翻案しながら描いていきました。

――2014年にフランスに帰国されてから、完成までの2年間はどのように取り組まれたのでしょうか。

ローデンバック 帰国してからパリで1年間を費やして、まず冒頭20分間のアニメーションを完成させました。その時、運よくフランスの国立映画センター(CNC)から助成を得られまして、その資金を利用して作ったのです。その20分の作品を名刺代わりにして、あちこち回ってパートナーとなる配給会社を探しました。何とか配給会社が見つかり、それから半年間かけて完成させました。イタリア行きが2013年5月、完成披露試写が2016年5月でしたから、制作期間はちょうど3年間でした。

――作画だけでなく、コンポジット(作画素材を合成して画面を完成させる工程。実写映画の「撮影」に相当)もその期間に含まれているということでしょうか。

ローデンバック 作画とコンポジットはパリで同時に行いました。作画は相変わらず私一人でしたが、コンポジットにはアシスタントスタッフが何人も入ってくれました。

――昨今は手描きの作品でもタブレットにペンで描くという技法が主流になっています。この作品は紙に描いてスキャンするという形だったのか、それともタブレットに作画するという形だったのか、どちらでしょう。

ローデンバック 全て紙に描いてからスキャンをしています。昔ながらの手描きの技法です。主に筆を使って作画をしていました。私にとっては、その方法が最も早いのです。

セバスチャン・ローデンバック監督

驚異の作画を支えた4つの特徴

――この作品の制作全般について、宣伝などで即興性が強調されているように思います。しかし、作画については緻密な設計がなされていると思えて仕方ないのです。

ローデンバック なんとお答えしたら良いか……、確かに非常に計算して描いたカットもありますし、同時にほとんど計算していないカットもあります。今作品を自分で観直すと、全てのデッサンがうまく行っていないのではないかという思いにも駆られます。

――私は、この作品の作画には主に4つの特徴があると考えています。

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