トランスジェンダー受け入れで進む「女子校2.0」化
2018年08月30日
前回の記事『東京医科大が“感染”したブラック労働と女性差別――女子点数の減点は大震災級の問題。政治やメディアも甘すぎる』では、東京医科大学の点数改ざん問題について論じました。
東京医科大学が批判される一方でお茶の水女子大学は2018年7月に、戸籍上が男性でも自身の性別が女性だと認識しているトランスジェンダーの学生を2020年度から受け入れる方針を発表し、称賛を受けています。
近年、アメリカ等の大学でも2015年ごろからトランスジェンダー受け入れが進んでいますが、女子大学で国内最難関と言われるお茶の水女子大学がわずか3年後にその流れに追随したことは、「女子校2.0」とも言える非常に大きな一歩だと思います。
でも、お茶の水女子大学はなぜ共学化ではなく、トランスジェンダー受け入れという方法を取ったのでしょうか? 実際、近年は共学校のほうが人気を集めているため、高等学校を中心に女子校から共学校へと転換する学校は少なくありません。その中で、女子校であることを保つことについて、室伏きみ子学長は会見の中で以下のように述べています。
女性たちが差別や偏見を受けずに幸せに暮らせる社会を作るために、大学という学びの場で、自らの価値を認識し、社会に貢献するという確信を持って前進する精神をはぐくむ必要があると考える。それが実現できるのは、女性が旧来の役割意識などの、無意識の偏見、そういったものから解放されて自由に活躍できる女子大学だろうと考えている。
つまり、女子学生を性別役割から解放し、「女子学生」を「女子学生」ではなく、単なる「学生」にすることの出来る環境が女子大学という仕組みだと説いているわけです。社会において女性差別が残り続ける限り、女性性をエンパワーメントするというミッションを遂行するためには、女子校というある種の「純粋培養装置」が欠かせないということでしょう。
このような新しい女子大学のアイデンティティはアメリカを中心に広まっています。アメリカでは女子大学は4年制大学の約1.3%に過ぎないのにもかかわらず、伝統的な難関女子大学「セブンシスターズ」のうち、現在も5校が共学化を行っていません。それも「女性がセンターに置かれる経験をする空間が必要である」という考えが根底にあるからです。
この室伏学長の会見には、称賛の声が目立ちました。たとえば、東京大学教授の安冨歩氏は、「女子大学が、性というものを口実とした差別と戦う研究教育機関と自らを位置付けるのであれば、その口実の範囲を『戸籍上』の女性性に限定せず、より多様な女性性に拡大することは、自然なこと」と述べています。
ポイントはやはりエンパワーメントをする対象は、「女性」ではなく「女性性」という点でしょう。トランスジェンダーの中に存在する「女性性」も当然これまで様々な差別に遭ってきたわけですから、エンパワーメントの対象となり得るという理屈はもっともです。逆に言えば、たとえ戸籍上が女性であっても、前回の記事「杉田水脈という“名誉男性”が抱える「心の闇」――批判をしても彼女の差別はやめさせられない」で指摘した杉田水脈衆議院議員のような、いわゆる「名誉男性」のような人材を生み出すことは目的としていません。
学長が述べる見解はトランスジェンダーだけではなく、女性性そのものに視点が向いていることが分かります。ステートメントでも「多様な女性」という言葉が使われているように、トランスジェンダー受け入れによって女性性を画一的な文脈や様式から解放し、性別に対する凝り固まった固定観念が生まれにくいような環境を実現することは、戸籍上女性である女性にも資するという大きな野望が導入の背景にあるわけです。
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