米満ゆうこ(よねみつ・ゆうこ) フリーライター
ブロードウェイでミュージカルを見たのをきっかけに演劇に開眼。国内外の舞台を中心に、音楽、映画などの記事を執筆している。ブロードウェイの観劇歴は25年以上にわたり、〝心の師〟であるアメリカの劇作家トニー・クシュナーや、演出家マイケル・メイヤー、スーザン・ストローマンらを追っかけて現地でも取材をしている。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
多くの中から4作品を紹介
古くて歴史ある劇場が連なり、また、どこまでも続く街並みに宝石のように劇場が点在するブロードウェイ。現地で無料の演劇パンフレットを配布するプレイビルのサイトによると、2017-2018シーズンのブロードウェイは、長い歴史の中で過去最高の売り上げと観客動員数を記録したという。観光客でにぎわう夏にブロードウェイに行ってきた。今回は色々見た中から、印象に残った4作品をご紹介したい。
まずは、ハリウッドスターのアンドリュー・ガーフィールドを主演に迎え、2018年度トニー賞の演劇リバイバル作品賞などに輝いた『エンジェルス・イン・アメリカ』(以下『エンジェルス』)。アメリカ演劇界の巨匠で劇作家のトニー・クシュナーの代表作が23年ぶりにブロードウェイに戻ってきた。ブロードウェイで1993年に初演され、ピュリッツァー賞、トニー賞などを総なめし、今ではアメリカの大学の演劇や米文学の教科書にも載っているほどの傑作だ。『エンジェルス』は、第1部『ミレニアム アプローチズ』、第2部『ペレストロイカ』に分かれ、上演時間が合計7時間半の大作。日本では過去に堤真一や麻実れいなどのキャストで上演されたことがある。アル・パチーノ、メリル・ストリープら豪華キャストが主演したテレビ・映画版も日本で放映されたので、ご覧になった人も多いかもしれない。
今回の『エンジェルス』は、2017年にイギリスのロイヤル・ナショナル・シアターで上演され完売となったロンドン版がブロードウェイに“輸入”された形となった。ナショナル・シアターでは、同劇場が厳選した舞台が、「ナショナル・シアター・ライブ」として、日本をはじめ、40カ国を超える映画館で公開されている。『エンジェルス』も今年公開され、映像で見たこのロンドン版があまりにも良かったため、どうしても生の舞台を見たくなった。
『エンジェルス』を上演しているニール・サイモン・シアターに足を踏み入れると、高校生から中高年まで、いかにも演劇好きといった観光客ではなさそうなニューヨーカーたちが興奮した面持ちで開演を待っている。
1980年代のニューヨークを舞台に、主人公のゲイのプライアーはエイズに冒されたことを理由に、恋人のルイスに捨てられる。一方、モルモン教徒の弁護士のジョーは、ゲイであることを妻のハーパーにカミングアウトできない。この2組のカップルを軸に、プライアーを“預言者”だと告げ、天国に呼び寄せようとする天使や、トランプ大統領の元弁護士でもある実在の人物で、エイズで亡くなったロイ・コーンなど、さまざまなキャラクターが絡む。天使が天井を破ってこの地に降りてくるというファンタジーと、エイズ、同性愛、政治、宗教、人種、地球温暖化など多彩な社会問題が繰り広げられ、幻想と現実が交錯していく。
私は『エンジェルス』は、ブロードウェイでの初演、オフ・ブロードウェイの再演、そして今回と見ているのだが、いつも驚かされるのは、観客のリアクションの違いだ。日本ではこの作品は、「感動的だけど重い」「難しい」「暗くてシリアス」などの意見が私の周りでは圧倒的に多かった。しかし、ブロードウェイでは「この作品はコメディ!?」と思うぐらい、数分ごとに爆笑がおこる。それは「ナショナル・シアター・ライブ」でも同じで、映像からロンドンの観客の大笑いが聞こえてきたのに対し、私がいた大阪の映画館で爆笑していた観客は皆無だった。そこは文化と国民性の違いなのだろう。どちらが正しい見方とはいえないし、正解もない。
クシュナーのセリフは、哲学的で難解ながらも、ウィットとユーモアにあふれている。放送禁止用語や罵り言葉もこれでもかというほど出てくる。オーケストラの生演奏のように飛び交う、生き生きとしたヴィヴィッドなセリフの応酬と、徹底的な共和党政権の批判も欧米の観客にとっては笑いのツボなのだろう。そんな観客に囲まれ、私もつられて大笑いする。しかし、プライアーが「僕はエイズで死ぬんだ」というセリフにさえ、笑いが起きたのには驚いた。作品が初演された1993年は、エイズは死に至る深刻な病で、観客にとっても人ごとではなかった。今はエイズは死に直結する病ではない。時代を感じた瞬間だった。
映画『スパイダーマン』で知られる、プライアーを演じたガーフィールドと、ブロードウェイスターでロイ・コーンを演じたネイサン・レインの演技も非常に効いていた。二人とも本作で、今年度のトニー賞の演劇主演男優賞、演劇助演男優賞をそれぞれ獲得しただけのことはある。役柄に今までにないコミカルさやキュートさをもたらし、今までで一番、観客の爆笑を誘っていたと思う。
あっという間に7時間半が過ぎ、遂にラストシーンが来てしまう。エイズが進行し、天国を訪れたプライアーが「天国に預言者として留まりなさい」という天使の説得を拒み、この地に戻り、エイズとともに生きることを選択する。プライアーは「この世の死者は追悼され、生きているものと共に苦しみ、僕らは(エイズや現実から)逃げない。世界は前に進んでいく。僕らは世界の住人だ」と、観客に語りかける。そして、「あなたたち、一人ひとりが素晴らしい。長生きしてね」と観客を祝福し、「偉業が始まる」と叫んで幕が閉じる。ガーフィールドが語る美しいセリフの一つひとつが、空気を振動させ、劇場に響き渡るのを感じる。
私の後ろの席は、大学生の子どもと両親の家族連れで、幕間にこの感動的なラストシーンの決め台詞を言い合って、はしゃいでいた。また、「あのシーンのセリフの意味が分からない」と家族で話し合ってもいる。過激なセリフや性描写も多いので、私が大学生のころは、この作品を親と見に行くなんて想像もしなかった。時代は変わり、教科書にも載っている『エンジェルス』は親子で楽しめるクラシック作品になりつつあるのだろうか。シェイクスピアのように、決め台詞を聞きに行くというのも、クラシックを見るような醍醐味だ。ブロードウェイでの上演は終了したが、素晴らしい作品なので、日本でもぜひ、再演を望みたい。また、「ナショナル・シアター・ライブ」の再上映も期待したい。