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「卓球映画」から卓球の“楽しみの流儀”を語る

異性間関係の『ミックス。』、同性同士の結束を描いた『ピンポン』

菊地史彦 ケイズワーク代表取締役

『ミックス。』拡大映画『ミックス。』の公式サイトより

ピンポンムービーの世界へ

 今年の春、半世紀ぶりに卓球を再開したことは、WEBRONZAにも書かせてもらった。

 あまり深い理由はなくて、リオオリンピック以来の(たぶん)史上空前のブームに乗っかってみたのだが、すっかりハマってしまった。

 何か始めるとリクツの気になる質だからとりあえず勉強する。TVの試合観戦はもちろん、Web動画やら専門誌やら理論書やらを手当たり次第に参照し、アタマの中を一杯にしていく。実際に球を打ってみれば、リクツが手足にさっぱり届いていないことをいやというほど知るけれど、それで愕然とするというわけでもない。

 そういうムダな自尊心はとうにすり減っている。むしろ正面から取り組んでできないことを迂回する技術、また非力を補助してくれる用具を探して飽きない。ヒマとカネと根性の量は限られているので、後はそういう脇道をどう楽しむかが大事になる。

 そんな悪あがきの中で、たまたま出会ったのが卓球映画。近年のヒット作もあれば、バブル崩壊期のひっそりとした佳作もある。一部の作品を除けば駄作はない。しかもそこには何か共通するものがある。世界観というほどに大げさなものではないけれど、卓球に特有の“楽しみの流儀”のようなものだ。それを語ってみたくて、(たぶん)本邦初の卓球映画論を書くことになった。

 まず、「卓球映画」というジャンルについて一言。この小ジャンルが色とりどりの野球映画や傑作揃いといわれるボクシング映画にかなうはずもないが、(苦しい弁明をすれば)球技の遊戯性とボクシングの攻撃性を兼ね備えた卓球は、実は格好の映画ネタではないか。

 その証拠に、卓上で繰り広げられる繊細精妙(しかも高速!)なボールコミュニケーションは、そのテンポの良さによってコメディ映画ときわめて相性がいい。Ping Pongは、1930年代最大の映画キャラKing Kongやかつての東アジア最大の映画都市Hong Kongと同様、本質において映画的サムシングなのである。

 一言ことわっておくと、今回は映画の小道具ではなく、卓球そのものが主要なテーマである作品に限って話を進める。

 したがって、山田洋次の監督第2作、『下町の太陽』(1963)には、石鹸会社に勤める女工の町子(倍賞千恵子)が昼休みの中庭に置かれた卓球台で、男性社員を打ち負かす場面があるけれどこれは採り上げない。1960年代初頭、職場のレクリエーションの花形が卓球とバレーボールだったことを反映していて興味深いが、これはまた別の機会に考察してみたい。

男女共同参画の物語――『ミックス。』

 卓球映画の最近作は石川淳一監督の『ミックス。』(2017)である。邦画では2002年の『ピンポン』(監督:曽利文彦)以来の、つまり15年ぶりの“本格”卓球映画、まことに久々の新作であることは間違いない。

 主演はガッキーこと新垣結衣と瑛太。今をときめく人気者が卓球をめぐってすったもんだの末に恋に落ちるラブコメディである。卓球の場面のCGだけでなく、細部が丁寧につくられている。新垣・瑛太のコンビは可笑しいし可愛いし、真木よう子、小日向文世、広末涼子、蒼井優、遠藤憲一、田中美佐子など多彩な脇役の好演・怪演も楽しい。

 日本映画製作者連盟によれば、興行収入14.9億円。この年の邦画ヒット作『君の膵臓をたべたい』の35.2億円には届かないが、まずまずの成績を収めたと言えよう。

 便宜上、途中までのあらすじを紹介しておく。

 主人公の多満子(新垣)は天才卓球少女だった(!)が、母親(真木)のスパルタ教育に反発して卓球をやめ、横浜の大手企業でOLをやっている。そこへ少女時代の憧れの的、江島(瀬戸康史)が卓球部創設に合わせて入社してくる。首尾よく江島とつき合い始めた多満子だったが、江島のミックスの相手、愛莉(永野芽郁)に恋人を寝取られてしまう。傷心の彼女は会社を辞め、実家のフラワー卓球クラブへ帰る。かつて盛況だったクラブはすたれて見るかげもなかった……。

 すさんで酔った多満子は、電車で元ボクサーの萩原(瑛太)に遭遇。つい罵り合うはめになったこの男と卓球クラブで再会するあたりから、物語が本格的に始まる。萩原も妻の不倫を勘違いして暴力事件を起こした人生の敗者だった。卓球クラブを再興し、憎っくき江島・愛莉ペアを倒し、「何か」を取り戻すために多満子と萩原のミックス道中がスタートする。

 この映画がアスレチックドラマとして新しいのは、男女の協同作業によって勝利をめざすミックス・ダブルス(混合ダブルス)を素材に選んだことだ。今のところ、卓球とバドミントン、テニスなどにしかないこの種目に目をつけた企画・制作者のアイデア勝ちである。

 勘のいい読者は途中までのあらすじを見て、この映画が ・・・ログインして読む
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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役。国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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