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11月退団へ最後もエリザベート/愛希れいか

【宝塚~朗らかに~】役作りのためにウィーンへ

日刊スポーツ新聞社・村上久美子


【日刊スポーツ・9月13日紙面(東京本社発行版)より】

拡大「エリザベート」でエリザベート役に挑戦している愛希れいか(撮影・加藤哉)
 月組トップ娘役の愛希(まなき)れいかは、兵庫・宝塚大劇場で、退団公演「エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-」(10月1日まで)に臨んでいる。約6年7カ月に及ぶトップ娘役の集大成公演は、タイトルロール。本場オーストリア・ウィーンへも行き、感じたエリザベートの息吹を役に吹き込んでいる。東京宝塚大劇場(10月19日~11月18日)の千秋楽をもって退団する。

 あこがれの作品で、愛した世界に別れを告げる。

 「エリザベートを見て(宝塚に)入りたいと思ったんですけど、それをやりたいと言えるほど、歌に自信がなかった。でも死に物狂いで最高の物をお届けしようと、稽古してきました」

 前トップ龍真咲(りゅう・まさき)から、現トップ珠城(たまき)りょうと、2人の相手役を務め、7月には宝塚バウホールで、娘役異例の主演舞台を得た。センターの重みを再確認し、今作に備えては、事前にウィーンへも行った。

 「プリンセス、手の届かない存在というイメージでしたが、本当に生きていた方なんだ、と。ウィーンでは今もすごい人気。町も自然があふれ、とてもすてき。なのになぜ、ここにとどまりたくなかったのか」

 ウィーンの森や離宮、皇太子ルドルフが自害したマイヤーリンクにも足を運び、エリザベートが好んだ菓子も食べ、生涯を思い、イメージをふくらませた。

 「幼い頃の彼女の詩に、死に対する変なあこがれがあった。苦しいダイエットで身を削りながら、必死に生きようとした。ハプスブルク家へ嫁ぎ、求めた自由は何だったのか。ロマンチストで頭がよく、夢の世界を見ている。だからトートに出会ってしまったのか」

 愛希は娘役志望だったが、身長が伸び、宝塚音楽学校は男役として卒業。入団後に娘役へ再転向した。その愛希に対し、演出の小池修一郎氏は「強いエリザベート」と見立てていた。

 「私も強いと言われますが、彼女もきっと強がっていた。強いからこそナイーブな面もあった。(実力的に)自分ができない葛藤、勉強が嫌い、好きなことにだけ、力を注ぐところも似ています(笑い)」

 共感も多い。福井出身で、自然に囲まれて育った。少女時代のエリザベートと同様に、木登りも好きだった。「リアルに登っていました。夏休みは山で虫をとり、生傷が絶えない子でした」と振り返った。

 聴かせどころが多い楽曲には「音階が気持ちを表現する。どれだけ丁寧に歌えるか」と考え、取り組む。「エリザベートという作品に、宝塚人生の命を吹き込みたい」と言い、後輩娘役には「自分らしさを怖がらず、足を踏み出して」と言葉を贈る。自身は男役経験が背を押したと感じる。

 退団後へ「舞台で演じることが大好き。表現する仕事は続けていけたら」と思いをはせ、将来的にも「いつまでも、トキメキを与えられる存在でありたい」と約束した。ファンの「愛」に感謝し、「希」望を胸に、集大成作へ死力を注いでいる。

◆「エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-」(潤色・演出=小池修一郎氏) ウィーンの傑作ミュージカルを、96年に一路真輝主演の雪組公演で宝塚初演。「死(死神)」を「黄泉(よみ)の帝王・トート」とし、主演にして上演された。本場でも歌い継がれる美しい楽曲に、日本版のオリジナルが加わり、音階で心情を表現する難易度の高さで知られる作品。今回が宝塚10公演目。10代目トートの珠城に、愛希は宝塚9人目のエリザベート。

☆愛希(まなき)れいか 8月21日、福井県生まれ。09年に男役として入団し、月組配属。10年9月「ジプシー男爵」で前月組トップ龍真咲の恋人役を演じ、初の女役。龍の勧めで11年5月に娘役転向。同8月「アルジェの男」で新人公演初ヒロイン。12年4月、龍に迎えられトップ娘役に就き、16年9月から現トップ珠城の相手娘役。身長167センチ。愛称「ちゃぴ」。

「宝塚~朗らかに~」はニッカンスポーツ・コムに連載中です。

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