メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

シューベルトの「冬の旅」を文字で“聴く”

「菩提樹」を含む名歌曲集の奥に潜むものは? シューベルトとは何者か?

梅津時比古 桐朋学園大学学長

『死せる菩提樹』拡大『死せる菩提樹』

梅津 当時のモーツァルトもベートーヴェンも旅することは学ぶことでした。中世の哲学者はケルンやローマやミラノなどいろんなところに旅して学んでいったわけです。でも、シューベルトはほとんどウィーンのなかだけで活動していました。まったく「井の中の蛙」。このことばは、そのあとに「大海を知らず」、さらに「されど天の高きを知る」と続きます。

 「大海を知らず」はマイナスの要素でとらえられますが、井の中の蛙が、一点を掘り下げると、天の高さを知る。そこを突き抜けると、地域性を脱して世界的な広がりをもってしまう。シューベルトは極めて珍しい、そういう芸術家ではないでしょうか。日本でいえば、宮沢賢治のような。

吉田 人間はいまあるものを学ぶ、それを自分で深堀りしていくわけですよね。シューベルトは生まれた環境も関係しているかもしれませんが、外には行けなかった。ただし、自分のありあまる才能を徐々に掘り下げていき、常に音楽のことだけを考えています。ちょっと他の作曲家とは違う感じがします。

梅津 いまの世界は情報過多で、情報を得ることは知を得ることと誤解している面があります。情報を得ると、人間はどうしてもそれに影響される。しかし、シューベルトはそういうことを知らなかったため、自分で考え、自分の感性で自分自身に100パーセント対峙(たいじ)することができる。そのなかで深め、極めていく。人から得た情報や知識ではないため、亜流にならないわけです。それが私たちの時代へのひとつの教えになっていると思います。

 近年は、音楽コンクールなどでも、ああ、この演奏はダニエル・バレンボイムのようだなとか、マルタ・アルゲリッチのまねだなとか、そういう演奏がとても多い。ですから、私はまずCDを聴いたりユーチューブを見たりして誰かの演奏を聴くのではなく、何も聴かずに自分の音楽を作り上げた方がいいと考え、学生にはいつもそう助言しています。最初に他の人の演奏を聴いてしまうと、絶対に影響を受けますから。自分で楽譜から作曲家の意図を読み取り、自分で考えて演奏すれば、必ず自分自身のものが何か出てくるはずです。

 本を書くときもそうですね。ひとつのテーマを見つけたら、ずっとそれを考え抜き、その後で資料を調べる。『死せる菩提樹』に書いたシューベルトとニーチェの結びつきに関しても、資料はほとんどないので、それだけに意欲が湧いてくるわけです。さらに深く探求したくなってくるから。

吉田 このシューベルトとニーチェとの結びつきは、驚きました。まさかここでニーチェが出てくるとは思いませんでした。

梅津 シューベルトは、以前書いた『冬の旅 24の象徴の森へ』からずっと研究を続けていたのですが、それとは別にニーチェというのは自分のなかで書きたいものがあって、最後に両者がぶつかったのです。ああ、そうか、ここでつながると。ある意味、外形的にはつなげたんですが、最初からそう構想していたわけではなく、最終的に書いているうちに自分のなかで発見があったのです。

シューベルトの生家=ウィーン 拡大シューベルトの生家 =ウイーン

シューベルトの曲は予測がつかない

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

梅津時比古

梅津時比古(うめづ・ときひこ) 桐朋学園大学学長

1948年、神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒。現在、桐朋学園大学学長、毎日新聞学芸部特別編集委員。著書『<セロ弾きのゴーシュ>の音楽論』で第54回芸術選奨文部科学大臣賞および第19回岩手日報文学賞賢治賞。2010年、「音楽評論に新しい世界を開いた」として日本記者クラブ賞。『冬の旅 24の象徴の森へ』、『死せる菩提樹 シューベルト《冬の旅》と幻想』など著書多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです