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[書評]『未来を読む』

大野和基 インタビュー・編

駒井 稔 編集者

あなたも21世紀の「役立たず階級」になるかもしれない

 「二十一世紀、AIとバイオテクノロジーの出現により、『役立たず階級』というまったく新しい階級が出現すると考えています。私はあえて『役立たず』という非常に挑発的な言葉を使っていますが、もちろん彼らは、個人的な視点からは役立たずではないし、家族から見ても役立たずではありません。でも社会、経済、政治、軍事システム全般から見れば、彼らは役立たずです」

 48カ国で翻訳刊行された世界的なベストセラー『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)の著者である若き歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、本書で衝撃的な未来像を語ります。

『未来を読む――AIと格差は世界を滅ぼすか』(大野和基 インタビュー・編 PHP新書)定価:本体880円+税拡大『未来を読む――AIと格差は世界を滅ぼすか』(大野和基 インタビュー・編 PHP新書) 定価:本体880円+税
 たとえば50歳のトラック運転手が、努力してコンピュータ・グラフィックス・デザイナーとして再出発できるのか。技術の進歩に伴い多種多様な新しい仕事が出現したとして、多くの人が果たしてその事態に適応していくことができるのか。ハラリの問いかけは切実です。

 現在の若者ですらうかうかしていられません。今彼らが学んでいることが40歳になった時に役に立つという保証はどこにもないからです。

 本書は、それぞれの分野で注目される8人の人物に日本人ジャーナリストがインタビューを重ねたものです。原型は雑誌に掲載されたものですが、日本社会に対する鋭い分析を提供しながら、同時に世界の今日的な問題を考えるきっかけを与えてくれる内容となっています。

 ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』〔草思社〕の著者)、リンダ・グラットン(アンドリュー・スコットとの共著『LIFE SHIFT』〔東洋経済新報社〕の著者)など錚々たる人物が登場しますが、その著書を読んでいない人間にとっても十分に楽しめます。

 サブタイトルが「AIと格差は世界を滅ぼすか」となっていますが、語られる視点は非常に多角的です。ですからAIの驚異的な進歩とテクノロジーの発達がもたらす格差だけについて書かれた本ではありません。まさに「未来の世界」を俯瞰できるのです。

 例えばクリントン政権の国防長官、ウィリアム・J・ペリーが偶発的な核戦争の可能性を語った章やアメリカの労働問題の専門家が、トランプ大統領が登場した背景を「ホワイト・ワーキング・クラス」という概念で分析した優れた考察も紹介されます。

 ジャレド・ダイアモンドは、現下の日本人には喫緊の課題といわれている人口減少問題についてこう述べています。

 「一般的に人口が多いことはアドバンテージであると見なされますが、本当にそうでしょうか? たとえば、ナイジェリアの人口は日本より多い二億人近くに及び、ドイツの人口は日本の三分の二ほどです。日本が重要な大国である理由は、一億以上の人口があるからではなく、ドイツと同じクリエイティビティ(創造性)と経済生産性を有しているからです。端的にいえば、人口減少について気にするのは当然の態度としても、日本はむしろ人口が減少していることを喜ぶべきなのです」

 ダイアモンドの議論は定年制廃止に向かいます。労働人口の減少に対処するには高齢者を活用すべきであるからです。人生100年時代を唱えるリンダ・グラットンも定年退職制度には大きな疑義を呈します。グラットンはよく知られているように「教育、仕事、引退」という従来の人生設計がすでに終焉したことを世に知らしめました。となれば、高齢者の仕事を取り上げる定年制の廃止にすぐにでも取り組まなければならないことは自明です。

 AIに関しては万能時代が訪れるというオックスフォード大学の俊英、ニック・ボストロムの極端とも思える考え方も紹介されていますが、フランスを代表する経済学者であるダニエル・コーエンが述べている内容はまったく違います。

 「テクノロジーが取って代わることができない職業に就けば、脅かされることはありません。老人介護もロボットだけは無理です。そういう人対人の仕事は消えません」

 個人的にはコーエンの落ち着いた考え方に現実性があるように思えます。過激な言説はいつの世にももてはやされますが、現実はもっと堅実な展開を見せるのではないでしょうか。

 本書では移民問題を含め日本への言及がたくさんなされています。各分野を代表する知性の持ち主に、著者が直接聞いた話の内容は、実に示唆に富んだものです。現在ほど将来が不確定な時代はないと感じている人は多いでしょう。しかし未来は誰にも分からない。だからこそ考えるべきヒントがぎっしり詰まっている本書は読む価値があるのです。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間8万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動になり、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。「いま、息をしている言葉で」をキャッチフレーズに古典の新訳を刊行開始。10年にわたり編集長を務めた。筋金入りの酔っ払いだったが、只今禁酒中。1956年、横浜生まれ。