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「卓球映画」は永遠のラリーを夢見ている?

思いやりが「掟」の『卓球温泉』と、卓球の“効用”

菊地史彦 ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

風呂おけなどを使った卓球で盛り上がる参加者=熊本県南小国町の黒川温泉2014年拡大温泉といえば卓球だ!? 風呂おけをラケットにして盛り上がる卓球大会=2014年、熊本県南小国町の黒川温泉

闘わない球技の世界――『卓球温泉』

 前稿で紹介した『ミックス。』よりも20年前、すでにヘテロソーシャル(異性間の関係)な卓球映画が存在していたことを知る人は多くないだろう。松坂慶子と蟹江敬三が夫婦を演じた『卓球温泉』(監督:山川元、1998年)。このエッセイの文脈では間違いなく傑作だが、世の中の多くの人にとってはやや不思議な作品(珍品の部類?)に映るかもしれない。

 中年の専業主婦、園子(松坂)は、ラジオ番組でDJのかなえ(牧瀬里穂)にたきつけられて家出を決行する。行き先はかつて夫の哲郎(蟹江)と訪れた山あいの竜宮温泉。すっかり寂れた温泉街を見て驚くが、ひょんなことから卓球による町おこしにかかわる……。

 当時は荒唐無稽だったはずのシナリオは、「失われた20年」を経た我々にとって、奇妙なほど違和感がない。地方の斜陽観光地がこの間、インバウンド客の呼び込みに死に物狂いの努力を重ねてきたことを知っているからだ。

 園子は老舗旅館の2代目、公平(山中聡)と知り合う。かつては繁盛した古ぼけた卓球場で、園子が公平と球を打ち合うシーンが印象深い。学生時代に卓球をやっていたらしい公平は、つい甘い球を強打してしまう。すると園子は彼をこんなふうにたしなめる。

 「相手が打てないような球を打ってはいけません!」

卓球温泉」に出演した松坂慶子=1998年拡大映画『卓球温泉』に出演した松坂慶子=1998年
 驚く公平はそれでも園子の意図を理解して、相手が返しやすい球を打ち始める。カメラが二人の緩いラリーを追う中、園子は「勝負は二の次、卓球はまず続けることが大事なの」と温泉卓球の「掟」を提示する。穏やかなこの場面が映画のクライマックスである。

 公平と園子は熱心に卓球の効能を説き、迷惑顔だった町の旦那衆も次第に協力的になっていく。長老である公平の父(桜井センリ)は、ついに竜宮温泉を「卓球温泉」に改名する。

 町のあちこちから卓球台がかき集められ、廃校で大会が開かれることになった。急遽企画された客寄せの「ねるとん卓球」は、浴衣でラリーをできるだけ長く続ける温泉卓球方式。

 こうして園子の提示した「掟」でゲームが始まる頃、妻の居場所を突き止めた夫哲郎と公平の元許嫁かなえが会場に現れる。エンディングでは、たくさんのカップルの中で、園子と哲郎、公平とかなえが汗だくになって“思いやりラリー”を続けている……。

卓上コミュニケーションの意味は?

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

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