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【ヅカナビ】花組『MESSIAH(メサイア)』

天草四郎から学ぶ、タカラヅカ流日本史、そして世界史も

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 これは佳作か、はたまた駄作か? 侃侃諤諤(かんかんがくがく)と議論するのも、またタカラヅカの楽しみ。賛否両論さまざまな感想が飛び交った花組公演『MESSIAH(メサイア)−異聞・天草四郎−』は、その意味でファンをたっぷり楽しませてくれた作品と言っていい。

 だが、明日海りお演じる伝説のカリスマ美少年・天草四郎が『ポーの一族』に続くハマり役であることに異論はないと思う。ゆかりの地である「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が絶妙のタイミングで世界遺産登録されたことも、作品の勢いを後押ししている。

 島原の乱の唯一の生き残りといわれる山田右衛門作(柚香光)をはじめ、善人から極悪人まで、乱に関わりを持つ実在の人物が多数登場するのも歴史好きの興味もそそる。だが、その中で唯一「天草四郎が倭寇の頭目だった」という思い切った設定が異彩を放つ。そこで今回のヅカナビではこの作品の時代背景について深掘りしてみよう。いわば、天草四郎から学ぶ「タカラヅカ流日本史」そして「世界史」である。

3万7000人対12万人の戦い

 「島原の乱」(島原・天草一揆)とは、飢饉と過酷な年貢取り立て、キリシタン弾圧をきっかけとして、1637年〜1638年にかけて島原、天草地域で起こった戦いのことだ。一揆勢の総大将として祭り上げられたのがカリスマ性抜群の少年、天草四郎である。

 戦いには3万7000人もの人が集まった。これに対して幕府軍は12万の兵を投入し、鎮圧まで5カ月を要している。乱後、幕府はこの戦いをあくまで「キリシタン一揆」として処理した。キリシタン弾圧はさらに強化され、鎖国が完成に向かっていった。

 当時の九州には、関ヶ原や大坂の陣で敗れた武将たちがたくさん逃れてきていた。島原の乱にも、戦国時代の生き残り武士が多く加わっていたという。いっぽう幕府は権力の地盤をまさに固めていかなければならない時期だっただけに、それを脅かす者は徹底的に叩くことが必要だった。「島原の乱」はまさに、時代の転換点を象徴する戦いだったのだ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『タカラヅカ流世界史』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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