鈴木智彦 著
2018年10月29日
毎年夏、土用丑の日が近づき、コンビニやスーパーや牛丼チェーンがウナギを大々的に売り出すと、ニホンウナギは絶滅危惧種だというのにそんなことをしていていいのかと思う。そして最近は、土用丑の日が過ぎて消費期限切れになったウナギの大量廃棄が話題になることも多く、ますます疑念は強まっていた。
だが、私たちの罪深さはそんな疑念で済ませられるものではなかった。
『サカナとヤクザ――暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(鈴木智彦 著 小学館)
なんといっても、その取材の体当たりっぷりがすさまじい。三陸の密漁アワビが築地市場で売られていると聞き、築地の仲卸の配送人として4カ月働く。北海道各地で密漁団にアプローチしつづけ、「密漁社会のマラドーナ」と呼ばれる人物の誕生会に招かれるまで信頼関係を構築し、ついには「密漁やろうよ。金にもなり取材もできて一石二鳥でしょ」とスカウトされる。
「深く斬り込むと東京湾に浮かびますよ」と業界紙記者に警告されながらも、シラス(ウナギの稚魚)密流通の台湾・香港ルートをたどり、ウナギ業界最大の暗部と言われる、香港の立て場(池から上げたシラスを出荷する作業場)に潜入する!
そこで明らかにされる闇っぷりもすさまじい。北海道での「ダイビング中の死亡事故」の少なくないケースが、夜中に貧弱な装備で海に入る密漁団の事故だという、末端のブラックな実態。漁業法違反で捕まっても3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金にしかならず、無期懲役もある覚せい剤事犯と比べたら、密漁は暴力団にとってはるかに安全で儲かるシノギになっているという構造。
「世の中には悪いヤツがいるもんだ」と感心している場合ではない。本書が抉り出した最も深い闇は、それが私たちの日常に直結しているということだ。
いま、日本の市場で流通しているアワビの約半分は密漁アワビ。私たちがアワビを食べるとき、2回に1回は暴力団に金を落としていることになると著者。全国的にも有名な函館朝市では密漁毛ガニが堂々と売られている。ウナギ業界に至ってはシラスの3分の2が密漁・密流通で、著者をして「これほど黒い産業はほかにない」「これほど黒いとは予想外だった」と言わしめるほどなのだ。
たしかに違法行為で儲ける暴力団は悪い。だが、そのまわりには、手先となる漁師、黙認する漁業協同組合、密漁・密流通と分かって仕入れる水産業者がいる。その先には、「反社とは一切取引しません」と掲げる大手スーパーやコンビニ業者がいて、さらにその先には、魚の漁期も知らず一年中カニやアワビを食べたがり、それが安く食べられると無邪気に喜ぶ私たち消費者がいるのだ。
ウナギの需要が土用丑の日に集中するから、その時期の出荷を目指してシラスの値段が高騰し、そこで儲けようとする人々が群がってくる。ウナギを食べるのを止めなくても、土用丑の日に集中さえしなければ、ウナギの値段は下がり、密漁も密流通も減ると著者は言う。
本の帯には「私たちは知らないうちに密漁品を食べ、反社に協力しているのかもしれない」とある。それもそうだけれど、暴力団の資金稼ぎに加担していることだけが私たちの罪なのではない。
決して誰かを糾弾することなく、社会正義を振りかざしたりもしない著者が突きつける、「漁獲高が右肩下がりで落ち込んでいるのは、先進国で日本だけ」という現実は重い。戦犯はカタギである私たちだ。
サービス精神たっぷりに活写される体当たり取材と、密漁・密輸入に関わる人たちの武勇伝とも言いたくなる暗躍ぶり。それを存分に堪能した後で自らの深い罪を自覚するために、私たちは本書を読まなければならない。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。
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