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今のジュリーは、だから公演中止だってOKなのだ

矢部万紀子 コラムニスト

=東京都千代田区の東京国際フォーラム、201拡大沢田研二は毎年3月11日に新譜を発表している。その歌に込めた思いとは?=2015年、東京国際フォーラムの公演で

 これから私が書くことは、沢田研二さんのファンならみんな知っていることだ。「今さら感」満載に違いない。

 だけど、テレビで沢田さんの「公演ドタキャン」が取り上げられても、きちんと「最近のジュリー」を話す人がいなくて、やっぱりテレビだと話せないんだなと思い、書くことにした。ごく個人的な体験を通した「最近のジュリー」の話だ。

毎年3月11日に新譜

 始まりは、2016年の夏の終わり頃、出版社を定年退職したフリー編集者とのランチだった。「行けない人が出て、ジュリーのコンサートのチケットをもらったの」。彼女がそう話し出した。

 「昔の歌なんて、ほとんど歌わないのよ。ずーっと知らない曲を歌っててね。何だろうと思って、じーっと聞いてたら、全部、反原発の歌なのよ。私、感心しちゃった」

 そういう話だった。

 2013年には「ザ・タイガース復活コンサート」が大いに話題になっていた。その中心にいたジュリーが反原発? 興味を持って、早速調べた。驚いた。

 2012年からジュリーは、3月11日が来るごとに新譜を出していた。大手のレコード会社からではなく、自分のレーベルからだった。当時、すでに5枚そろっていたアルバムのタイトルを、2012年3月11日リリースから並べていくとこうだった。

 3月8日の雲→Pray→三年想いよ→こっちの水苦いぞ→un democratic love

 被災地への思いが、タイトルだけで伝わってきた。毎回4曲収録で、作詞はすべてジュリー。その頃シニア女性誌の編集長をしていたので、これは記事になると思った。当時、ジュリーは68歳。同世代の読者がたくさんいるから、今の彼を知りたい人は多いはず。そう思い、5枚のアルバムを買って聞いてみた。これまた驚いた。

 ストレートだった。だけど名曲ばかりだった。2曲だけ取り上げる。

 まずは「三年想いよ」に収録された「一握り人の罪」。

 「原発に怯える町 原発に狂った未来 繰り返すまい明日に 一握り人の罪 嗚呼無情」。そう終わって、そこから子どもたちの合唱が入る。「はーいろ、はいろ。輪の中、はいろ」。

 「かーごめ、かごめ」の調子だ。輪の中に入りましょうと呼びかける相手の名を呼んでいく。「ふくちゃん、げんちゃん」から始まり、「つるちゃん、もんちゃん、おなちゃん」のあたりでオヤっと思い、「とまちゃん」で膝を打つ。「敦賀」「もんじゅ」「小名浜」「泊」なのだ。はいろ=廃炉。夜、一人でこれを聞いていて、その仕掛けがわかった瞬間、ちょっと鳥肌がたった。ジュリーの気迫が、子どもの声から伝わってきた。

 もう1曲はアルバムタイトルにもなっている「un democratic love」。

 「もしかしたら君は 本当の愛 知らない」で始まる。ラブソングの出だしっぽい。こう続く。「怒らないで君は 勝手だから いつもなし崩しだ 会話にならない」。ん?と思っていると、「祈りますとも 君と国のため 君と同じくらいに 自由が好きでも」と続く。サビはこうだ。

 「君の愛は束縛 君の愛は強権 心の深さに届かないんだ 君の愛は軽率 君の愛は簡単 un democratic love don't love me so」

 「君の愛」は、まだまだ続く。君の愛は「冷酷」。以下、不遜、脆弱、違憲、狡猾、蹂躙、ダダっ子と来て、最後は危険。

 メロディアスなラブソングの仕上がりだが、聞くたびに口元が緩んでしまう。「安倍さーん、そんなに愛さないでって、言われてますよー」。

 当時、こう理解した。これは「我が窮状」に連なる系譜だな、と。

 2008年にリリースされたジュリーの還暦記念アルバム。中に収録された1曲が「我が窮状」だった。作詞はジュリー、作曲は大野克夫。「この窮状 救うために 声なき声よ集え 我が窮状 守りきれたら 残す未来 輝くよ」。ステキなバラードだ。窮状=9条。伸びやかな声で、憲法の窮状を歌う。なんてオシャレなんだ、ジュリー。

 ということを把握している程度には、ジュリーが好きだった。3・11シリーズを記事にしたいと思い、即、取材を申し込んだ。そこからの話は後で書く。


筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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