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勤勉で人懐っこい。作曲家・池辺晋一郎の素顔

第48回JXTG音楽賞で洋楽部門本賞受賞。文化功労者として顕彰も

池田卓夫 音楽ジャーナリスト

「誰かを嫌いになったことがない」

池辺晋一郎さん(C)東京オペラシティ文化財団 撮影:武藤章拡大池辺晋一郎さん(C)東京オペラシティ文化財団 撮影:武藤章
 この勤勉さ、人懐っこさは、どこから来るのか?

 「子どものころ病気をして、小学校に入るのが1年遅れた。70歳と75歳じゃ大差ないが、小学校で1歳の年齢差は大きい。まとめ役と目され、学級委員や生徒会長に必ず選ばれる。水戸から東京へ転校、外様のはずの中学校でもいきなり学級委員長に就いた。『自分は常に全体の中の個に過ぎない』とのバランス感覚が小学生の時代からはぐくまれた結果、ホールの館長職を引き受けても『全体をみるのが仕事』とわきまえ、自作を無理やり上演しようなどとは思わないし、演劇の付帯音楽の依頼が殺到しても『自作は自作できっちり書く』と決めているから、欲求不満も覚えない。自分を表現する場、しない場の違いを理解していれば、それぞれの枝葉の意義も理解できる」。

 フレンドリーであると同時に、冷静な頭脳の持ち主だ。

 池辺自身は「不思議な癖」と謙遜するが、「誰かを嫌いになったことがない」と自身で言い切れる人は少ない。「人と会うこと、接することが子どもの時分から、すごく好きだった」という。権力者や政治家で主義主張に共感できず、「自分とは意見が合わない」と思っても、「人物の評価は別」。実際に付き合ってみない限り実像はわからないし、「付き合った結果、嫌いになった人が今まで、本当に1人もいないのです」。

 お得意のダジャレも、かなり潤滑油の効果を発揮しているはず。ちなみに、嫌いな食べ物も全くない。

反戦平和を信条に

 もし世界中、池辺のように「誰も嫌いな人がいない」「実際に付き合って判断する」人ばかりだったら戦争や紛争は起きないはずだが、現実は厳しい。むしろ国際情勢は緊張の度を高めており、反戦平和をクレド(信条)とする池辺の心中も穏やかではない。

池辺晋一郎さん(右)の指揮で「731部隊」を題材にした合唱のリハーサルをする合唱団員=2018年6月23日、富山県射水市拡大池辺晋一郎さん(右)の指揮で「731部隊」を題材にした合唱のリハーサルをする合唱団員=2018年6月23日、富山県射水市

 実は池辺、「世界平和アピール七人委員会」のメンバーに2014年から名を連ねている。同委員会は1955年、平凡社の下中弥三郎社長(当時)の提唱で始まり、初代メンバーには女性運動のレジェンド平塚らいてう、日本人初のノーベル賞受賞者だった物理学者の湯川秀樹も入っていた。

 現在は池辺と武者小路公秀(国際政治学者)、大石芳野(写真家)、小沼通二(物理学者)、池内了(宇宙物理学者)、高村薫(作家)、島薗進(宗教学者)の7人。池辺は「平和の問題に無関心でいること自体が、おかしい。今、この時代に生きていることを考えないで生きていけるなんて、思えない。作曲という仕事をしているのだから、何かを考えなければ存在できない」と、ひときわ厳しい表情をみせた。

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筆者

池田卓夫

池田卓夫(いけだ・たくお) 音楽ジャーナリスト

1958年東京都生まれ。81年に早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業、(株)日本経済新聞社に記者として入社。企業や株式市場の取材を担当、88〜91年のフランクフルト支局長時代に「ベルリンの壁」崩壊からドイツ統一までを現地から報道した。音楽についての執筆は高校在学中に始め専門誌へも寄稿していた。日経社内でも93年に文化部へ移動、95〜2011年に編集委員を務めた。18年9月に退社後は「音楽ジャーナリスト@いけたく本舗」を名乗り、フリーランスの執筆、プロデュース、解説MC、コンクール審査などを続けている。12年に会津若松市で初演(18年再演)したオペラ「白虎」(加藤昌則作曲)ではエグゼクティブプロデューサーとなり、三菱UFJ信託芸術文化財団の佐川吉男賞を受けた。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです