「市民ファースト」で、時代の波に乗る
2018年10月26日
国際映画祭の力関係を見ると、ここ20年ほどは、フランスのカンヌ映画祭と、カナダのトロント映画祭の2強時代に入っている。米ヴァラエティ誌は、1998年の段階で、「上映する映画の話題性や訪れるスター、映画ビジネスの場であることに関し、カンヌだけがトロントより優る」と書いた。
そして今も、カンヌはかろうじてトップの座は死守している。だが、ここにきて苦境に立たされているのも事実だ。
まず、日本でも広く報道された米動画配信大手ネットフリックスとの対立がある。この対立のせいで、2018年は、カンヌでネットフリックスの話題作が一切上映できなくなった。そして、カンヌのディレクターが上映したかったと惜しがったネットフリックス製作のアルフォンソ・キュアロン監督『ROMA/ローマ』は、ベネチア映画祭に流れ、皮肉にも最高賞である金獅子賞を受賞したのだった。
また、アカデミー賞の時期の問題がある。アメリカの製作者たちが、世界的な影響を及ぼす2月のアカデミー賞での受賞を狙い、5月のカンヌよりも、タイミングの良い8~9月のベネチアやトロントといった初秋の映画祭にてお披露目することを好むようになったのだ。つまり願わくは、2017年度の『シェイプ・オブ・ウォーター』(ベネチアで金獅子賞、アカデミーで作品賞、監督賞など)、2016年度の『ラ・ラ・ランド』(ベネチアでオープニング作品と女優賞、アカデミーで監督賞など)のようになりたいということだ。
オディアールといえば、2015年に『ディーパンの闘い』でカンヌの最高賞パルムドールを獲っており、カンヌとの関係が深い。しかし、今回は米仏合作であり、かつアメリカの俳優が登場する英語の作品。製作者サイドが英語圏で大きな勝負に出られると踏み、秋のベネチアとトロントに同時出品し、結局はベネチアで脚本賞を獲り、トロントでも高評価で迎えられた。こちらも『ROMA/ローマ』と同様、カンヌが招待を望んだが、逃してしまった大きい魚だろう。
カンヌ映画祭開催前の記者会見で、ディレクター、ティエリー・フレモーが、映画祭の時期の見直しについて言及していたことからすれば、カンヌ側にも危機感は強いはず。実際、今年2018年のカンヌは全体的にアメリカ勢が少なめで、比較的地味なラインナップになったのは否めない。
このように、カンヌの足元が覚束なくなる中、時代に合った独自路線で成功をおさめているのが、トロント映画祭ではないだろうか。
かつてトロント映画祭は、自ら“2流”を名乗っていた節がある。なにしろ1976年の創立当時、映画祭の名前が「Festival of Festivals 映画祭の映画祭」。つまりはトロント市民に、他の有名な映画祭で上映された良質の話題作を見てもらうことが目的の「市民ファースト」な映画祭だったからだ。
当初は、古い歴史と格式のあるカンヌ、ベルリン、ベネチアという3大映画祭からは、相手にされてもいなかっただろう。だが今や、コンペティション部門は持たないながらも(厳密には、新しい才能や表現を発掘するコンペ形式の「プラットフォーム」が近年設置されたが、3大映画祭のような看板セクションではなく、あくまで付随的な部門)、3大映画祭全てを脅かす存在に成り上がった。
さて、筆者はこれまでヨーロッパの映画祭ばかりに参加してきたが、年々勢いを増すトロントが気になり、今年は同映画祭に足を運んでみた。
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