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[書評]『書店に恋して』

菊池壮一 著

高橋伸児 編集者・WEBRONZA

「リブロの時代」への郷愁を超えて…

 恐縮だが、のっけから昔話。80年代、90年代の僕は、東京・池袋といえば、「文芸座(現在の新文芸座)」か、その近くの「ル・ピリエ」(フランス語で「柱」というくらいで、客席の中に柱がある妙な劇場だった)、「文芸座地下劇場(のちの文芸座2)」、あるいは明治通りを南へ向かって「ACT SEIGEI THEATER(アクトセイゲイシアター)」で映画三昧かセゾン美術館。その合間にリブロ池袋本店で、カルチャー系の、いまふうに言えばエッジの効いた本をあさるというのが定番コースだった(ちなみに、六本木でも、シネヴィヴァン六本木~六本木WAVE~青山ブックセンターという巡回コースがあった)。

 いま思えば背伸びもしていたのだろうし、我ながらスノッブの極みとも言えるが、当時はそんな連中はゴロゴロしていた。「そんなもの」だったのだ。池波正太郎ではないが、天麩羅屋はあそこ、鰻重といえばここ、桜餅はあの店だ、みたいなもので、一時のリブロもそんな存在だった(違うかな?)。

 そんな「セゾン文化」の中心地、「ニューアカデミズムの聖地」とさえ呼ばれた店も、2015年に閉店した。別れを惜しんで数多くの著者たちが訪れ、地下1階にあった店のシンボル「光る柱」に寄せ書きしていった。この店は、田口久美子、中村文孝、今泉正光などなど、「書店員」にとどまらない「出版人」ともいうべき人たちを次々と輩出した。最近でも、統括マネージャーを務めた辻山良雄は荻窪で話題の書店「Title」を開いている。

『書店に恋して――リブロ池袋本店とわたし』(菊池壮一 著 晶文社)定価:本体1700円+税拡大『書店に恋して――リブロ池袋本店とわたし』(菊池壮一 著 晶文社) 定価:本体1700円+税
 そんな“レジェンド”たる名店を知り尽くした書店員による著書とあれば手にとらずにはいられなかった。だが、読んでいる途中でこれだけ印象が変わる本も珍しいかもしれない。読みはじめは良き時代の姿にノスタルジーをそそられつつ、最後は、書店の将来への警句と提言に嘆息しつつ。

 リブロは1975年、西武百貨店内の本屋として出発する(当時の名称は「西武ブックセンター」)。「素人集団の百貨店書籍売場」と揶揄されながら、85年にリブロとして独立、個性的な棚づくりやブックフェアなどイベントの展開でますます注目を集めていったように思う。

 盛り込まれたエピソードが楽しい。著者がビジネス書担当だった時、売れていた竹村健一の本を閉店後にこっそり新刊台に積んでおいたら、翌朝床に投げ捨てられていたという。これだけでも店のスタンスがわかろうというものだ。

 池波正太郎をはじめ、錚々たる作家たちとの逸話も豊富だ。サイン会の途中で帰ろうとした開高健を追って、慌てて手土産の定番だったサントリーオールドを渡してしまったとか(開高にサントリー!)、「小指の先」が欠けた客たちとの怖いトラブルなど、波瀾万丈の数々。セゾン文化の“親分”である堤清二の話題もある。彼は役員会で自分の読んだ本の話をしてもその内容を知らない役員がいると機嫌が悪くなるので、堤がリブロで買った本を、店側が役員たちにすぐ伝えていたという。

 こんな挿話とともに、「ブックフェア」を企画した先がけの一つでもあるリブロの様々な仕掛けを読むにつれ、書店というのは、たんに本を並べて売るだけではなく、メッセージを発信していく「書店文化」の場だったということに、あらためて気づかされる。

 なぜこれほどの書店を閉めたのか。もちろん出版不況はある。だが売り上げの低下は、他の書店に比べれば決して悪くなかった。本書には書かれていないが、最終利益も黒字を計上していたらしい。著者は、閉店の理由として、西武百貨店との賃貸借契約の期限切れを挙げる(業界内ではその裏の事情も聞くが、ここでは割愛する)。

 「聖地」だの「書店文化」だのの半面には、当然のことながら冷厳な事実とビジネスの論理がある。本書でも随所に西武百貨店とのあつれきが散見されるが、本書のキモは最終章「これからの書店人へ」だ。

 商業施設のテナントで、最も収益率が低いのが書店だという。本だけでは商売が厳しいというので文具や雑貨を売る書店も増えているが、実はほとんどの店で坪当たりの売り上げは本を下回っているらしい。愕然とする。ビジネスとしてはどうにもならないではないか。

 著者は生き残りのための方策を具体的に提言し、現在日比谷図書文化館に勤めているだけあって、図書館とのコラボの道も探っている。行間から危機感が滲む。

 書店数は激減している。この調子でいけば、具体例を挙げてはなはだ申し訳ないが、レコード屋か銭湯か下駄屋さんのように、まあともかく先細りは目に見えている。書店など行かなくても、本はネットで買えば済むと言われればそれまでだが、では、ネット書店にメッセージはあるのか? 「書店文化」はあるのか?  そういうなら、じゃあ、いまの書店にメッセージはあるのか?……。

 リブロの跡地は、家電量販店でもなく、100円ショップでもなく、幸いにして三省堂書店が入った。一方で、こんな時代に、最近本屋さんを開きたいという若者が増えているという。そんな人向けの本もちらほら刊行される。実際、個性的な小ぶりの店が話題にもなる。そんな現象が意味するものは? リブロの時代を知る世代であろうがなかろうが、本が売られる場のあり方を考える材料が詰まった本である。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。

*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

筆者

高橋伸児

高橋伸児(たかはし・しんじ) 編集者・WEBRONZA

1961年生まれ。「朝日ジャーナル」「週刊朝日」「アサヒグラフ」、論壇誌「論座」、PR誌「一冊の本」、単行本・新書の編集部を経て、2011年から言論・解説サイトWEBRONZA(朝日新聞社)の編集者。つくった本は、『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、藤崎康『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』、中島岳志『秋葉原事件』など。