林瑞絵(はやし・みずえ) フリーライター、映画ジャーナリスト
フリーライター、映画ジャーナリスト。1972年、札幌市生まれ。大学卒業後、映画宣伝業を経て渡仏。現在はパリに在住し、映画、子育て、旅行、フランスの文化・社会一般について執筆する。著書に『フランス映画どこへ行く――ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』(花伝社/「キネマ旬報映画本大賞2011」で第7位)、『パリの子育て・親育て』(花伝社)がある。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
近年では、トロント国際映画祭の最高賞に当たる観客賞の行方が大きな話題となっている。この賞自体は、映画祭がスタートして2年後の1978年から存在する。過去には、81年にヒュー・ハドソン監督の『炎のランナー』や、99年にサム・メンデス監督の『アメリカン・ビューティー』が、トロントで観客賞を獲得した後、見事にアカデミー賞の作品賞まで射止めている。
だが、トロントの観客賞の重要性がにわかにクローズアップされるようになったのは、2008年にダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』が、トロントとアカデミー賞(作品賞)の双方を制して以降だろう。実際この10年間、トロントの観客賞の中から、半年後に開催されるアカデミー賞で大きな台風の目となる作品が、コンスタントに輩出されるようになったのだ。例えば、『英国王のスピーチ』『それでも夜は明ける』『ラ・ラ・ランド』『スリー・ビルボード』などであり、枚挙に暇がない。トロントの観客賞は、まさに「オスカーへのトランポリン」となったのだ。
2018年のトロント映画祭(9月6~16日)では、ピーター・ファレリー監督の『グリーン・ブック』が観客賞を受賞した。キャメロン・ディアス主演の『メリーに首ったけ』や、ジム・キャリー主演の軽めのコメディで知られるファレリー兄弟の兄による監督作である。一見、芸術家気質の映画作家には見えないため、カンヌ、ベルリン、ベネチアなどのコンペには選ばれにくい監督ではないか。
だが今回は、人種問題も絡めた黒人のピアニストと白人の用心棒兼ドライバーとの友情を軸にしたヒューマン・ドラマに仕上がっている。トロント映画祭が、数ある上映作品の中でも一般の観客に愛される本作の良さを見抜いて、記者会見を開き、花を持たせ、結果的に観客賞まで受賞させたのは、市民の感覚に近いトロントならではという気がした。
続いて、次点の1席(2位)は、『ビール・ストリートに口あらば』。監督は、『ムーンライト』(2016)で彗星の如く現れ、アカデミー賞の作品賞を獲得したバリー・ジェンキンス。思えばトロントは、世界3大映画祭に先駆け、『ムーンライト』の段階で彼に目をつけ、いち早く紹介していた。今回の受賞で、トロントはもう「映画祭の映画祭」の地位では飽き足らず、よそに負けずに新しい才能を発見し、継続して育てていることも証明した。
そして次点の2席(3位)に、ようやくアルフォンソ・キュアロン監督、ネットフリックス製作の『ROMA/ローマ』が、ベネチアの金獅子賞受賞の追い風を受け滑り込んだ。トロントでは今回、ネットフリックス関連作品は、本作を含めて8作もあった。ベネチアだけでなく、ネットフリックスはここでもしっかり存在感を見せつけたのだ。
これらの3作品が、次のアカデミー賞にいかに絡んでくるのか、注視して見守りたい(キュアロンの『ROMA/ローマ』に関しては、スペイン語の作品であり、すでに外国語映画賞のメキシコ代表に選ばれた。しかし、アン・リー監督『グリーン・デスティニー』(2000)の時のように、外国語映画賞と作品賞、双方の候補に絡む可能性がある)。