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映画『止められるか、俺たちを』と大人たちの衝動

予定調和を破壊し続けた若松プロダクションの半世紀を思う

大友麻子 編集者・ライター

本作のために10キロ体重を増やし、身も心も太くなった井浦新が若松孝二を怪演。助監督めぐみは、白石監督の熱烈オファーで門脇麦が好演『止められるか、俺たちを』 本作のために10キロ体重を増やし、身も心も太くなった井浦新が若松孝二を怪演(中央)。助監督吉積めぐみは、白石監督の熱烈オファーで門脇麦が好演(左)

無茶苦茶なありようを時代とともに描く

 この映画『止められるか、俺たちを』をいかに語ろうかと考え、しばしフリーズしてしまった。言葉にすると、その端からウソ臭くなっていくような気がした。言いたいことは作品の中にみんなある。言葉で説明できるなら、映画なんてカネも時間もかかるもの、作るか!と、マスコミの取材の途中で半ばブチキレていた若松孝二を思い出す。

 とはいえ、言葉で説明しようとするならば、本作は、1969年から71年という、世の中がうねりをあげていた時期であり、若松孝二が29歳で立ち上げ、ラジカルな作風で若者たちから熱狂的に支持される一方、「エロダクション」とも揶揄されていた若松プロダクションが、のちのちまで世界各国で繰り返し上映される、いわゆるマスターピース的なものも含めて映画を量産していた時期にフォーカスしている。

 つまり、黄金期だったともいえる若松プロダクションの、その無茶苦茶なありようを、時代の空気とともに描いた作品なのである。

 という説明も、本作の一面を表現していることは間違いないが、しかし、本作を単なる過去のノスタルジーではなく、今の私たちを照射する強烈な生の物語として成立させているのが、助監督を志望して当時の若松プロダクションに足を踏み入れた、実在の一人の女性、吉積めぐみの存在である。

 この吉積めぐみを演じているのが、「健康的な雰囲気と60年代に纏(まと)っていそうなアンニュイな雰囲気を同時に併せ持つ不思議な魅力」と白石和彌監督が絶賛する門脇麦。そして、強烈な個性を放つ若松孝二を演じるのは、晩年の若松プロに欠かせない存在となった井浦新だ。メガホンをとった白石も若松プロ出身で、近年、社会をえぐる問題作を次々と手がけて注目を集めている。

『止められるか、俺たちを』『止められるか、俺たちを』 三島由紀夫の割腹自殺のニュースをテレビで観ている若松孝二。実は、劇中で三島を演じているのは監督の白石だ。「僕に若松孝二をやれという無茶振りをした以上、一緒に辱めを受けましょうという監督の謝意の表れだと感じた」(井浦)

助監督めぐみに寄り添うことで響くノイズ

 「ワカちゃん(若松孝二)が『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年・若松プロ)を撮ったみたいに、今度は『実録・若松プロ』ですか、って揶揄する奴もいるけど、そういうことじゃないんだって、作ったお前らが胸張って言わないとだめだろ」

 自分たちが映画の中でネタにされているのだから、心中は穏やかでないものがあったかもしれない足立正生、秋山道男、高間賢司、荒井晴彦ら初期若松プロダクションのレジェンドたちから、辛口と激賞がごちゃ混ぜになった叱咤激励を浴びながら、若松孝二の生前と同じく若松プロ自主配給で全国公開をスタートさせた本作。

 若松プロというと、「反権力」だの「エロスと暴力」だのと、そんな枕詞で語られることが多い。あの時代特有の空気感が、その枕詞を後押ししていたと思うし、このインディペンデントな空間を29歳で切り拓いた若松孝二が、2012年、車に衝突して76歳でいきなりその生涯を閉じてしまうまで、ほぼ半世紀近くの間、一度も看板を降ろさずに、駄作と言われる映画や大赤字の作品も含めて何十本も世の中に送り出し続けてきた稀有な存在であったことも、そうした評価の根底にあっただろう。

 しかし、そんな若松孝二を強烈な個性として描くだけであったなら、この作品はこれほどの存在感をもって、今を生きる私たちに迫ってこなかったはずだ。

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