林瑞絵(はやし・みずえ) フリーライター、映画ジャーナリスト
フリーライター、映画ジャーナリスト。1972年、札幌市生まれ。大学卒業後、映画宣伝業を経て渡仏。現在はパリに在住し、映画、子育て、旅行、フランスの文化・社会一般について執筆する。著書に『フランス映画どこへ行く――ヌーヴェル・ヴァーグから遠く離れて』(花伝社/「キネマ旬報映画本大賞2011」で第7位)、『パリの子育て・親育て』(花伝社)がある。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
トロント国際映画祭で思い至るのが、神童と呼ばれた男、ケベック出身の映画監督グザヴィエ・ドランである。
彼の長編7作目となる新作『ジョン・F・ドノヴァンの生と死』は、今回、トロント映画祭でプレミア上映された。テレビスターの青年と、俳優志望の少年が文通で交流する話で、大人になった少年の回想劇にもなっている。ドランは8歳の時に、実際に本人が憧れのレオナルド・ディカプリオに向けファンレターを送ったことがあるため、本作はドラン自身の過去ともリンクする。ただし映画中の少年とは違い、ディカプリオから返事をもらえなかったドランは、保管していた手紙をトロントのガラ上映の際に壇上から読み上げ、話題となっていた。
本作は長らくカンヌ映画祭に出ると噂されていたが、編集の遅れを理由に出品はされなかった。そして、「次はベネチアか」と囁かれたが、こちらも謎のスルー。結局、コンペティション部門を持たないトロントの方に、しれっと流れてきたのだった。
今回ドランはトロントに、一応は俳優を引き連れてやってきた。だが、多忙を理由に記者会見は開かなかったし、ガラ上映後はジャーナリストからの突撃取材を避けるように、会場に俳優を置いて、さっさと逃げてしまった。
実は、本人が告白したところによると、映画祭の間は別の新作『マティアスとマキシム』の撮影中で、トロントでは「心ここにあらず」状態だったとか。だが、見ている限りはどうもそれ以前の問題のようで、なるべくジャーナリストとの接触を避けている様子が伺えたのである。
そんな邪推をしてしまったのは、2016年のカンヌで、『たかが世界の終わり』が酷評された際、かなり傷ついた様子だったからだ。本作は結果的にグランプリを獲得したが、現地のジャーナリストからは評判が非常に悪かった。記者会見では、「これは自分の最良の映画」と主張はしたものの、その表情は固く、必要以上にナーバスになっていたように見えた。生粋の芸術家は感受性も強く傷つきやすいだろうが、この時から、ジャーナリスト嫌いが始まっていた気がする。
例えば、もしもジャーナリストが気にならぬのなら、アルフォンソ・キュアロンやジャック・オディアールのように、時期の近い8~9月のベネチアの後に立て続けにトロントに出品するという、近年流行りの「アカデミー賞狙いの黄金ルート」に乗れたはずである。特に、オディアールの『ザ・シスターズ・ブラザーズ』のように、今回の『ジョン・F・ドノヴァンの生と死』は、ハリウッドの俳優を起用した初めての英語作品だから、条件的には王道の作品賞狙いにうってつけなのだ。だが、この黄金ルートには乗らなかった。