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[書評]『少年と罪』

中日新聞社会部 編

野上 暁 評論家・児童文学者

「人を殺してみたかった」という少年たちの深層に迫る

 世間を震撼させた神戸連続児童殺傷事件から既に20年が過ぎたという。その後も今日に至るまで、少年少女による残虐な殺傷事件は後を絶たない。しかもその動機や背景が判然としないことが多い。「人を殺してみたかった」ともらす加害者の少年たちの心に何が起こっているのか。中日新聞に2017年3月から1年間にわたって長期連載された記事をまとめた一冊だが、そこから示唆される時代の病巣は根深い。

『少年と罪――事件は何を問いかけるのか』(中日新聞社会部 編 ヘウレーカ)定価:本体1600円+税『少年と罪――事件は何を問いかけるのか』(中日新聞社会部 編 ヘウレーカ) 定価:本体1600円+税
 神戸の事件で「酒鬼薔薇聖斗」の名で新聞社に犯行声明を送った「少年A」をカリスマ視する少年少女がたくさんいる。

 現在、孤独死や児童虐待を取材する35歳のフリーライターの女性もその一人だった。中学時代引きこもりで、当時自分と同じ14歳の「少年A」が逮捕されたとき、「やってくれた」と快哉を叫んだという。学校でイジメにあい、絶望感から自暴自棄になり、世の中はまるで監獄だと思って自殺まで企てる。そんな自分とメディアが伝えるAの姿が重なったのだ。

 Aが新聞社に送った犯行声明の「透明な存在であるボク」や、「教育への復讐」という主張に共感し、Aを英雄視するようになり、事件関連の書籍を買い集めネットで情報を集め、「世の中をひっくり返してくれた。救われた」と思ったという。

 神戸事件の後、急速に普及したネットの世界で、Aを「王様」と呼ぶ掲示板が登場し、Aを称賛する言葉が溢れ、Aの発言を自動配信するプログラム「bot」(ボット)が登場して、受信者が述べ3600人を超えたというから驚く。

 しかも神戸の事件から17年後の2014年、Aのボットを利用していた当時19歳で名古屋大学生だった少女が、知人女性を殺害した。それ以前にも、99年に愛知県西尾市で女子高校生を殺害した当時17歳の少年は、日記に「Aに感動した」と記していた。その翌年、同県豊川市で主婦を殺害した17歳の少年も、「人を殺してみたかった」と供述している。その直後、西鉄バスを乗っ取って乗客を殺傷した17歳の少年は、豊川の少年に「先を越された」と語ったという。いずれも17歳。大江健三郎の「セブンティーン」や、1960年に浅沼稲次郎を殺害した17歳の少年、その前年の皇太子の結婚パレードに投石した17歳の少年の事を思い出した。

 神戸の事件の前年に『バッテリー』を世に出した作家のあさのあつこは、類似事件が起きるたびに一律に「心の闇」と語られるのは「子どもは純真」との誤った先入観があるからで、そもそも10代はいじましくも残酷で、闇を持つ、そして一定の若者がAに共感するのは、「世界を変えるには違う方法があると、大人が示せなかったから」という。

 作家の雨宮処凛も、酒鬼薔薇聖斗が14歳の少年だと分かったとき、衝撃よりも熱狂したという。当時22歳で、キャバクラで働き右翼団体の活動に参加し、日々満たされない気持ちで、「世の中がむちゃくちゃになればいい」と思っていた。14歳の頃イジメにあい、競争主義が支配する教室にも社会全体にも、イジメを否定する論理が無く、生き地獄の毎日だった。だからAを「世界を破壊した英雄」と勘違いして心を寄せていたのだが、社会問題に取り組むことで、Aと決別したという。

 インターネットやスマホの普及により、情報環境は急激に変化して、その影響は大人よりも子どもの世界に浸潤する。

 2004年に長崎県佐世保市立小学校の特別教室で、小学6年生の少女が同じクラスの少女にカッターナイフで首などを切られ出血死した事件は、インターネットのチャットで嫌なことを書かれたのが原因だった。しかも事件の数年後、加害少女の実名や顔写真が「犯罪史上最もかわいい殺人者」のようにネットに流出し、偶像視する現象が現在も続いているという。事件の10年後、ネットで知った彼女の服装をわざわざ模倣して犯罪に走った少女もいるというから恐ろしい。

 スマホの普及で、少年犯罪とネットは一層結びつきやすくなったようで、2013年には広島県で「ライン殺人事件」まで起きている。ラインやネットを通しての人間関係のトラブルや、SNSが媒体となった事件も増えていて、SNSがなかったら奪われなかった命さえあるのだと、この本は伝えている。

 初犯年齢が若いほど再犯率が高いというデータもある。2007年の犯罪白書によると、刑事裁判で有罪判決を受けた少年の内、その後再び罪を犯して有罪となった割合は60%。初犯が20代前半の再犯率41%、20代後半の28%、30代前半の23%を大きく上回っている。

 被害者家族や加害者家族はもちろん、当時捜査に関わった県警のOBや裁判官や犯罪社会学の学者など、様々な人々の証言を交えながら、少年犯罪の実態と罪を犯した少年たちのその後を追う。そこから見えてくる過酷な現実と、犯罪少年の更生の難しさも浮かび上がってきた。更生か厳罰か、少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げるべきかどうかが俎上に上がっているが、結論はまだ見いだせない。

 青少年が犯罪に走ることを未然に防止し、思春期の子どもたちの精神的な安定を支えていた地域社会に根ざしていたコミュニティが、東京一極集中の中で崩壊し、過酷な競争社会と効率化が人々から余裕と寛容さを奪い去った。家族や地域社会の崩壊と軌を一にする凶悪な少年犯罪は、歪んだ社会に対する警告のようにも思えると編者は言う。

 その警告をどう受け止めるか。歪んだ社会を根本から是正するには、政治の変革しかない。とはいえ、この本を読んでいくと、周囲の気配りによって未然に防ぐための手立ても見えてきそうだ。それはわれわれ大人に課された責務だともいえる。

 本書の前書きで、「人を殺してみたかった」と殺傷事件を犯した少年たちから耳にすることから、カミュの『異邦人』の主人公ムルソーが殺人動機を「太陽のせいだ」といった言葉を思い出したと編者の一人が記している。筆者も思春期の終わりごろ、自分自身の内面的不安や孤立感、社会への違和感から、自暴自棄になって狂暴化し、暴発しそうな不安定な精神状況が、カミュの『異邦人』や『シジフォスの神話』、太宰治の短編小説「哀蚊」や、吉本隆明の「エリアンの手記と詩」「固有時との対話」などによって救われたことを思い出した。

 思春期における物語が示唆する見えない力や、詩や文学作品が照射する生への指針のようなものが昏迷する精神に光をもたらしはしないか。こういう時代だからこそ、読書の意義と本の力もまたせり上がってくるのだ。5月に創業された、一人出版社の記念すべき最初の一冊である。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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*三省堂書店×WEBRONZA 「神保町の匠」とは?
年間2万点近く出る新刊のうち何を読めばいいのか。日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。