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歌舞伎を通じて芸を磨いた杵屋勝国さん

第48回JXTG音楽賞で邦楽部門賞を受賞。芸の心と技はどのように育まれたのか

丸山あかね ライター

14歳で「名取」に

――もともと才能があった?

杵屋 才能があったのかどうかは自分ではわかりませんが、幼い頃からお稽古は好きでした。小さな子供が大人用の三味線を抱えてやるんですから、ちょっと音が出たというくらいのことでも、周囲の大人が「上手、上手」と褒めてくれる。私はそれが嬉しくて、もっと上手くなりたいと思っていたのです。

 なにより師匠に恵まれました。隣に住んでおられた女の先生も優しかったし、小学校三年生の時から指導を受けた杵屋寿太郎先生も可愛がってくださいました。私は30人くらいいたお弟子さんの中で最年少だったせいか、注意点を指摘されるにしてもやんわりとした口調で、叱られたという記憶がないのです。厳しい先生だったら嫌になって放り出していたかもしれませんね(笑)。

――それでも、練習を続けるのは大変ではないですか。

杵屋勝国さん=2018年10月17日、東京都内拡大杵屋勝国さん=2018年10月17日、東京都内
杵屋 柳川の自宅から福岡市内の寿太郎先生のお宅まで電車とバスを乗り継いで1時間半くらいかけて、週に2回ほど通っていました。でも一対一で向き合って稽古をつけていただくのは30分程度。前の人が習い終えるのを待つ時間のほうがずっと長かったのですが、その時間が勉強になりました。

 隣の部屋でじーっと正座して待っていると、指導の様子が伝わってくる。時には激しく叱られている声が聞こえてくることもありました。自分がアドバイスを受ける立場だとポカンとしてしまいがちですが、隣の部屋で人の演奏を冷静に聴いていると、先生のおっしゃることがよくわかるのです。

――14歳で「名取」になられています。

杵屋 早く弾くといった難しいテクニックも、繰り返し練習しているうちに、ある時スッとできるようになる。これが楽しくてどんどん三味線にのめり込んでいきました。自分でいうのもおかしなものですが、練習が嫌だな、辛いなと思ったことがないというのも、一つの才能といえるのではないでしょうか。

 本来、家元から芸名をいただけるのは15歳からなのです。まだ早いといった声もあったようですが、杵勝会には名取になるための実施試験がありまして、寿太郎先生が「試験を通過したのだから問題はないだろう」と言ってくださった。つまり特例で杵屋勝国という名前をいただくことができたのです。 

八代目松本幸四郎の『勧進帳』に感動

――プロの道に進みたいと考えたのは、その頃からですか?

杵屋 中学時代から意識していたように思います。当時、東京から家元(七代目杵屋勝三郎)が博多へみえた折にお稽古をつけていただいていたのですが、プロになるためには上京して、本格的に勝三郎先生の指導を受ける必要がありました。親元を離れなければいけないでしょう? それで踏ん切りがつかなくてね。結局のところ、寿太郎先生が「この子はプロになったほうがいい」と言って手際よく道をつけ、私の背中を半ば強引に押してくださったのです。

 高校2年の時に東京の玉川学園高等部に転校し、一人暮らしを始めました。最初は寂しくて仕方がなかった。でも刺激的なことがたくさんあったので、やっぱり上京してよかったと思うようになりました。

杵屋勝国さん=2018年10月17日、東京都内拡大杵屋勝国さん=2018年10月17日、東京都内

――刺激的なこととは何でしょうか?

杵屋 玉川学園の歌舞伎研究会に所属して、毎月、歌舞伎を鑑賞するようになったのですが、八代目松本幸四郎(初代・松本白鸚)の『勧進帳』を観た日のことが忘れられません。この世にこれほどまでに素晴らしいものがあるのかと思いました。

 頼朝に追われる義経と弁慶が難所を切り抜ける場面では、三味線が観客の臨場感を大いに煽(あお)ります。歌舞伎の三味線はこういうダイナミックな演奏もやるのかと驚いてね。当時、私は既に数十曲ほど弾けるようになっていて、「勧進帳」も習得していましたが、登場人物の心情に見事に寄り添う演奏を聴き、長唄三味線の役割について深く理解することができたのです。

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筆者

丸山あかね

丸山あかね(まるやま・あかね) ライター

1963年、東京生まれ。玉川学園女子短期大学卒業。離婚を機にフリーライターとなる。男性誌、女性誌を問わず、人物インタビュー、ルポ、映画評、書評、エッセイ、本の構成など幅広い分野で執筆している。著書に『江原啓之への質問状』(徳間書店・共著)、『耳と文章力』(講談社)など

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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